聡美(八.)-2
――式当日。
会場はあまり大きいほうではなく、挙式自体もあまり豪華とはいえないものだったが、当日にはかなりの人が集まっていた。
智司が勤めている会社の同僚たちや、新婦の親族や友人が参列していたのであろう。
遠目ではあるが、史明と明日香の姿も見つけることができた。史明は再婚相手の女性とならんで前方の席に座り、明日香は夫と思われる男性と三人の子どもたちといっしょにそこから少し離れた席に座っている。聡美は後方の目立たない席に腰をおろしていたため、二人はこちらに気がついていないようだった。
智司の結婚相手は地味でおとなしそうな印象を受けたが、しっとりとした雰囲気をもった美しい女性だった。智司も、最後に見たときにくらべずいぶんと逞しくなり、すっかり風貌に貫禄がついていた。
智司がこちらに気がついているのかどうかはわからなかった。聡美もあれからずいぶん齢をとったし、最後に別れてもう長いあいだ会っていない。気がつかなったとしても仕方がないだろうと思っていた。聡美からすれば、智司の姿を一目見れただけでも満足だった。
やがて式も無事に終わり、参列客の姿も少なくなってきたので聡美も席を立って会場から出ようとしたそのとき、背後から男の声に呼び止められて振り返った。
声の主は智司だった。
「母さん、ひさしぶり、お互い歳をとったね」
聡美は突然息子に話しかけられたため少し動揺したものの、すぐに気を取り直して、
「智司、あなたも、すっかり立派になったわね」
「じつはね、母さん、このあと別の店で父さんと姉さんといっしょに食事をすることになってるんだ。母さんもいっしょに来ないかい?」
聡美の顔がにわかに曇った。
「そう……でも、ごめんなさい……わたしはやめとくわ」
「合わせる顔がない?」
「……」
聡美は何も言えなかった。
わずかな沈黙のあと、智司は話題を変えた。
「本当はその食事の席で話そうと思ったんだけど、妻と相談して決めたことがあるんだ。母さん、俺といっしょに住もうよ。あまり大きくないけど、ローンを組んで一軒家を買ったんだ。もちろん妻のほうからの了解も得てる、どうかな?」
突然の申し出に聡美の心は大きく揺れ動いた。どう答えてよいのかわからない。智司の言葉が本気なのかと疑う気持ちさえあった。
「そう……でもね、智司、母さんにそんな資格はないわ。あなたたち夫婦の邪魔になるだろうし、気持ちはうれしいけど、わたしは……」
「母さん、まだあのときのことで自分を責めてるの?」
「ええ、そうね……でも、それだけじゃないわ。もっと複雑なのよ。あなたにはわからないでしょうけど……」
「……」
今度は智司のほうが返す言葉もなかった。
「母さん、あなたが幸せそうで本当にうれしかったわ。でも、もう会わない方がいいかもしれないわね。――じゃあね、智司。奥さんを大事にしてあげるのよ」
そう言って立ち去ろうとする聡美を、智司はもう一度大きな声で呼び止めた。
「母さん、もういいんだよ。俺、たしかにあのとき母さんがあんなことをしている場面を見て、すごくショックだったし悲しかった。でもね、母さんのことを恨んだことは一度だってない。挙式に来ると言ってくれたときも、母さんは最後まで俺の母さんでいてくれたんだなって、嬉しかったんだ。――母さん、俺ね、あれから母さんのことを調べて、今どこに住んでいるのか、どんな生活をしているのか教えてもらってたんだ。もし母さんに新しい家族ができて幸せそうならそれでいいし、もし、今も一人で住んでいるようなら、母さんといっしょに住めるよう段取りを考えてたんだ。父さんも母さんのことを恨んでなんかいないよ。姉さんも、最初は許せなかったみたいだけど、今はもう違う。それだけ時間が経ったんだ。母さんはじゅうぶん苦しんだし、もうじゅうぶんに罪は償った。だからもういいんだよ、母さん――」
言いながら、智司はいつのまにか涙声になっていた。
聡美は立ち止まったまま、もうその場から動くことはできなかった。動こうとしても動けなかった。
あふれる涙をこらえることができなかったから――