本選会-3
そして当日の日曜日になった。
花屋のアルバイトは、大事な学校行事ということで休みをもらった。ただ親には話がややこしくなるかもしれないのでいつも通りバイトに行くことにしておいた。実際は高校生の娘に対して、休日の昼間の行動をいちいち詮索するような親ではないが。
集合時刻の15分前に学校に着くと、玄関には「本日許可者以外立入禁止」の看板が立てられている。
「深瀬さん、おはよう。決勝頑張ってね」
受付には生徒会書記で面識もある2年生の伊藤小百合がいて、挨拶した。隣の、教わったこともなく名前も覚えていない男性教師に念のため本選案内のスマホ画面を見せた。それを確認されると、会場の第2会議室に向かうよう指示された。階段を上がって2階にある。
今日は普段の上履きではなく、来客用のスリッパを使うよう指示された。
当の部屋は基本的に教職員が使う部屋だから、入るのは美景にとって初めてだ。
本選出場者で入室したのは美景が最初だったが、ほどなく他の面々も入ってくる。美景を含めて全部で5人。縦長の会議室だが横に使われ、演台から向かって左の窓側に並ぶよう言われた。外からは見えないよう、窓には厚手の臙脂色のカーテンが閉められている。
5人の名前は演台とは反対側の壁に貼り出されている。「1年A組 森中早織」「2年C組 山西梨佳」「2年D組 深瀬美景」「2年F組 大渡奈津江」「3年B組 秋村琴音」と。美景は同学年の2人とは面識があるが、制服のリボンの学年色だけで残りの2人もどちらかわかる。臙脂が1年、深緑が3年だからだ。
校内の世間話には疎い美景も、同学年の2人のこと、彼女らの名声はそこそこ知っている。
奈津江とは去年に同じクラス。おしゃれで大人びた子で、ファッションリーダーとして名高く、追随する女の子も多い。高2にして美少女というより美女と呼ぶ方がずっと相応しいようなタイプだ。1年の時には「このクラスで一番キレイなのはあたしよ!」とばかり、美景は一時は勝手にライバル扱いされた。美景には何も対抗意識は無かったし、彼女に女子力磨きへの関心がないことがわかると、奈津江の方もそういった姿勢は薄れていった。特別親しくなったわけではない。
とはいえこんなところで再び一緒になると、奈津江はもう一度ライバル心を燃やすことになったのか、そういう目で美景を見ている様子だ。
梨佳は小柄で見るからにキュート、アイドル的な可愛らしさに満ちた少女だ。校内でも熱烈なファンの男子が少なからずいると聞く。歌もとても上手で、この前の文化祭のステージでもそうした男の子たちを熱狂させた。このステージ自体がプロモーションの役割を果たす有利さもあり、「予選」でしかなかった全校投票でも、得票数はトップだった。
美景とは今年隣のクラスで、体育の授業で一緒になるから同じチームになった時に少し話もしたことがある、という程度の面識だ。
2人とも、残るべくして残ったものと美景にも納得が行く。実際、得票も僅差で首位を争っていた。もっとも、美景の得票だってその2人と大差はなかった。
1年生の森中早織は全然知らない。中学2年生ぐらいに見えそうな可愛らしい童顔だが、それに相反するような豊かに大人びたからだつきが、制服越しでもわかる。3年生の秋村琴音は直接の交流はないが、華道の家元の娘という絵に描いたような大和撫子として知る人ぞ知る存在で、美景も話には聞く。
主催者側は進行役を務めるという生徒会顧問の数学教師・福部昭代と、審査員の女性教師2人。うち1人の高田智子には今年世界史を教わっている。40代半ばぐらいのベテラン教師だ。さらに審査員として、生徒会側からは会長の船戸政和と副会長の小林敬一もいて、その4人は演台とは向かい側の机に就いていた。
「では出場者のみなさんは、こちらのエントリー用紙にサインしてください」
進行役の昭代が5人に紙を配る。一番下の署名欄の上には読み通すのには骨が折れそうなほど長大な規約が、細かな字で印刷されていた。他の何人かはほとんど何も読まずにサインして昭代に渡したが、署名欄の上には「上記規約に同意します」とあるので、美景はちょっと気になってちゃんと目を通そうとした。琴音も同じようにしっかり読もうとしているようだ。
「あ、時間が押してるから、早くお願いね」
昭代から急かすように言われて、とりあえずあからさまにヤバい文言は盛り込まれていないものと見て、美景も署名して提出した。
全員分の書類を受け取ると、昭代は出場者5人を横並びにさせ、掌で指しながら、よく通る声で開会を宣言する。
「ではこれより第1回ミス和天学園高等学校コンテスト、本選を開始します」