不本意-2
文化祭でミス和天高コンテストなんて、美景が1年生だった去年には無かった。今年から生徒たちの要望を受け、生徒会も採用して実施されるようになったといい、目玉企画の様相を呈していた。
男女平等の世の潮流を受け、ミスター和天高コンテストも同時に行われることになった。こちらはこちらでなかなかの盛り上がりだったが、目玉はあくまでミスの方で、それを実施するための免罪符としての意味あいも強かった。
「ぜひ深瀬さんに出て欲しいと思います」
1学期、2年D組代表を決めるホームルーム会議の時だった。最初に彼女を推薦する意見が出ると、教室はたくさんの拍手に包まれた。
「ごめんなさい、私は、そういうものに出るタイプではないと思います」
美景にその気は全く無く、辞退しようとした。
確かに自身は美人の部類に入る容姿に恵まれているとは、今までの経験から彼女はそれなりにわかっている。
子どもの頃にも周囲から可愛いと褒められたことも多かったし、中学の時には、確実に容姿だけに惹かれて告白してきたような男の子が3人もいた。うち2人はそれまで話もしたことのない相手だったし、みんな彼女がその気のない対応で断るとあっさり退散したのだから、100% 容姿しか見ていなかったことは間違いない。高校に入ったばかりの頃にも同様のことがあった。その他にも、自身の美貌を思い知らされるようなことは何度も経験している。
けれども、彼女はそれを武器や売り物にして生きていこうなどとは考えたこともなかった。いまの家庭の事情では国立大しか志望できないが、生物学の研究者を目指して学業に励み、その方面の読書を楽しみ、科学部でも熱心に活動する理系女子。それが彼女の何より大事なことだった。
高校生になっても身だしなみ以上のおしゃれなんてしたことがない。そうやって自分の女子としての魅力を磨こうとか、それで男の子を惹きつけようとか、まるで関心の外だった。
「立候補する人、いないんですか?」
このクラスにはおしゃれで可愛い子なんていっぱいいるのに……そう思って、その代表ともいうべき江岸涼子の方を向いてみた。さっきの様子だと、美景が推される前に手を挙げようとしていたようだったからだ。「江岸さんの方が、相応しいです」―彼女に出場権を譲ろうとそう言おうとした矢先に、涼子から念を押すように言われた。
「あたしも深瀬さんで、いいと思います。出るなら優勝してよね」
改めて拍手が起こる。その後も押し問答はあったが、結局美景は断り切れずに代表を引き受けることになってしまった。
クラスメートたちは、どういう思惑だったのだろうか。本当に彼女をクラスで一番の美人と思ってのことだったのか、それともこの手のことには縁が無さそうな彼女を出場させた方が、より面白いと思ってのことだったのか。美景も戸惑うばかりだった。
コンテストは制服・私服・コスプレの3つの部門を合わせて評価され、全校生徒の投票で決められるという仕組みだった。さすがに水着審査などは高校の文化祭では教育上よろしくないと思われてか、含まれていなかった。私服もコスプレも露出度が高すぎるものは禁止で、例えば臍出しは不可。今日のことを考えると皮肉でしかないが。
(しょうがないわ。出るだけ出ておけばいいのよ)
出場には応じたものの、美景は別に勝ちたい気などなかった。
私服部門はそこそこ見栄えする程度のものにしておこう、というつもりで、普段も着ている淡い水色のワンピースを着ただけだった。クラスメートたちはとても似合うと言っていたが、他の出場者たちがこの日のために服を選び、めいっぱいに着飾っていた様子なのとは対照的だった。
ひょっとすると参加者で唯一、彼女は一切メイクなしで出場した。勝つためにメイクに凝ってより綺麗に見せようという気もなかったし、そもそも彼女は高2の今まで自分で化粧したこと自体が無い。先の涼子が指導しようと申し出てきたが、色白美肌の美景はノーメイクでも十分綺麗、いやその方がむしろ魅力的という意見が勝ち、そのまま出ることになったのだ。
コスプレ部門も、彼女はそれまで全くしたことがなかったから、普段の科学部の活動でしている白衣姿に、その趣向に詳しいクラスメートたちが監修してちょっと手を加えただけのものだった。
「おお、まんま『銀星戦記プラネティオン』のエミリア博士じゃん」
今やっているアニメの女性科学者キャラに似せたらしいが、美景自身は何のことかわからなかった。
そうした恰好が、体育館の大スクリーンにも映し出された。美景は他の出場者たちと違い、ことさらに自分の魅力をアピールするようなパフォーマンスもまるで見せなかった。
それなのに、全校3位の得票を集めてしまった。つまり、準々ミス和天高。私服もコスプレも下手に飾り立てない恰好が、むしろ美景の知的で清楚な美しさを引き立てることになって評価が高かったらしい。
「深瀬さん、おめでとう!!」
「わがD組の誇る美少女!」
「可愛かったよ、コスプレ」
クラスメートたちはみんな祝福してくれた。彼女だって女の子だから、こんなふうに美しさが認められて、さすがに嬉しくないわけはない。とはいえ、心底乗り気だったわけでもないから、やっと終わった、ぐらいの気持ちの方が強かったのも否めない。
入賞者として賞状と、副賞として出場時のいろいろなショットを編集したフォトブックが贈られた。風景写真撮影は趣味の一つなのに自撮りはほとんどしない美景にとって、この時の写真を見るのはちょっと不思議な気持ちだった。
それに加えて、1枚の封筒が添えられていた。