夜宴-2
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まあ、お上手だわ。Y…先生がそんなふうに今のわたくしをお想いになっていたなんて考えもしなかったわ。七十八歳にもなったわたくしをつかまえて、わたくしが夜宴の女だなんて。ううん、嫌じゃないわ。そんな恥ずかしいことを囁かれても嬉しいくらい。でも、ずっと以前、男にそんなことを囁かれたような気がするわ。それはいつなのかって。わたくしにとっては遠い昔かしら。あら、先生が本心でそういうことをおっしゃるのなら、あの女にしてあげたように、先生が黒い鞄の中に大切に隠し持っている首輪をわたくしの首に嵌(は)めていただけないかしら。驚きになられたみたいですわね。ええ、わたくしは知っておりますのよ、以前、あの女が先生といやらしい関係をもっていたことを。先生はあの女に誘惑されたのでしょう。きっとそうなのよ。忌々しいあの女がやりそうなことだわ。でも先生が女性に首輪をするご趣味があることに、わたくしはとても安心しているの。わたくしが思っていたとおりの先生なのですから。今さら隠さなくていいじゃありませんか。あの女って誰なのかって。わたくしをいつも鏡の中から覗いている女ですわ。わたくしによく似た、わたくしでない嫌な女。鏡の中にあの女を見た夜はうなされて眠れないのでございます。ええ、昨晩も眠れなかったわ。だからこうしていつもの睡眠薬をいただきにここにまいりましたのよ。
それにしてもこのクリニックはとても静かなところでいい場所ですわ。デパートでお買い物をしたあと、裏の路地から誰にも見られることなく、ここに来ることができますから。それに先生は、あの男に劣らずとても素敵だし、もしかしたら、先生があの男だったのかもしれないなんて思うこともございますのよ。どんな男かって言われても顔が思い出せないの。だから自分でも誰なのかわからないけど、わたくしの記憶の中にいつも潜んでいる男かしら。もしかしたら昔の恋人かもしれませんわ。その男は、わたくしの胸の奥にすっと深く入り込んでくるような愛おしい視線やわたくしを知り尽くしているような翳りのある優しい微笑みを見せてくれますわ。こんなことを言うのはお恥ずかしいのですが、わたくしってベッドでその男に抱かれている夢を見たときは、その男の体の感触をはっきり覚えているのでございます。ええ、彼の男盛りの引き締まった肌ざわりや匂い、それに堅くなったペニスのしびれるような艶めかしさに慄(おのの)くような疼きを感じて。
少しお話してよろしいでしょうか。これまでわたくしをくどいてきた男たちに、わたくしという女をほんとうに知った男は誰一人としていなかった気がするのでございます。でも、あの男はわたくしを心底から愛するために、わたくしを自分のものにするために、あの夜宴は必要なものだったのかもしれないって思っていますの。夜宴って何かって。あら、先生はご存じないのかしら。男が愛しすぎた女を捧げるところだわ。あの夜宴に生贄のように捧げられた女は、集まった獣たちの目の前で裸にされて、縛られ、恥辱と苦痛を浴びせられるの。だから夜宴の女は獣たちのほんとうの欲望を充たすことができる魅惑的な女でないといけないのよ。
実は、わたくしはあの男によって夜宴の女として捧げられたような記憶があるのです。ええ、記憶を感じるというか、それがほんとうに現実のことだったのかどうかわからないのでございます。そんなにお笑いにならないで欲しいわ。わたくしは自分が獣たちの生贄の女にされたことが不思議でもなんでもないことだと思っておりますの。少なくとも鏡の中のあの女より、自惚れでもなくわたくしの方がずっと魅力的だと思っておりますから。それは、あの男が愛していた女がその女ではなくわたくしであって、わたくしがずっとあの男ものであったからこそ、彼の夜宴の女にわたくしがなったのではないかと思っておりますわ。先生もそうお思いになるでしょう。
夜宴で辱めを受けるわたくしの喘ぎ声に、わたくしが正真正銘のマゾ女だと夜宴に集まる獣たちは思っていたに違いございませんけど、女ってもともとマゾヒストなのでございます。それも身も心もゆだねて愛した男に生贄として夜宴に捧げられたからこそ、淫蕩な獣たちにどんなに弄ばれ、貪られても心地よい快楽を得られるということかしら。ええ、とても恥ずかしゅうございましたわ。初めての夜宴で裸に剥かれたわたくしは、獣たちの目の前で犬のように四つん這(ば)いにさせられましたのよ。そしてお尻の穴をじっくりと眺められたあと、尻肌を撫でられ、獣たちの唇と舌で舐められ、さらにお尻の穴や性器の穴まで指で弄(いじ)くりまわされましたの。あら、いやだ。先生って夜宴のわたくしの姿をもう想像されているのね。そういえば初めてここを訪れたとき、先生はわたくしのお尻におさわりになったでしょう。わたくし、気がつかないふりをしていましたけど。あら、隠さなくていいじゃありませんか。わたくし、先生にさわられてとても嬉しかったのでございますから。