覚醒、欲しがる未亡人 本間佳織A-1
*
「この度、静岡支社から東京本社に異動になりました。武島隼人です。
この部署では双方の出張が多く、わたしのことを見知っている方も多いと思いますが、一方で東京本社に来たことはほんどありませんでした。動き方など、知らないことも多いと思いますのでよろしくお願い致します」
ある夏の日の朝礼だった。
本間佳織は目を見開く。
数名の異動者の中に、以前関係を結んだ武島隼人がいたーー
ここ最近、退職、病休、産休等で佳織の働く部署に欠員が出ていた。
おそらく、社内の電子掲示板に異動の内示だって出ていたはずだが、佳織は忙しく、自分に関係ない事だと確認しておらず未読のままにしていた。
ただでさえも、一か月前の社員研修会で佐藤理央と再び寝たばかりだった。
佳織は自分の理性が抑えられるかどうかーー
不安で仕方なかった。
「ーー本間さんと席、隣なんですね。よろしくお願い致します」
「あっ、うん……あたし、全然知らなくて。掲示板全然見てなかった」
しかも、隼人の席は佳織の隣だった。
佳織は思わず苦笑いしてしまう。
「いや、俺も突然のことで。引越しバタバタでした。でも元々東京に希望出してたんですよ。それで、このタイミングだったのかな」
隼人は席に座りながら言う。
「そうだったの。佐藤くん、寂しがってるんじゃない」
「確かに何やるにも二人でだったし」
隼人が鋭い視線をわざとらしく向けた。
いや、佳織が意識しすぎて、そのように感じるだけなのか。
獲物に目を向けるような、それでいてセクシーなその視線に、佳織の胸が締め付けられた。
「ともあれ、何かわからないことがあったら聞いてくれたらいいから。お昼はどうするの?誰か友達と?」
隼人の視線から目を逸らして、佳織はパソコンに目線を向けながら問いかけた。
「コンビニで適当に買ってきました。また、美味しいお店とかあれば教えてくださいね」
平然と隼人は答える。
おそらく理央とは異なり、佳織は自分に対して隼人が特別な感情など抱いてないのだろうと思った。
理央も、隼人も、二人で女遊びをしていたーー
たまたまその標的にされただけだった、しかも一度寝てしまえば、おそらく隼人にとって自分など興味はない。
そう佳織は自分に言い聞かせる。
「うん、もちろん。引っ越した場所は会社から近いの?」
「〇〇駅です。俺、東京勤務希望してる割に、うるさいところあんまり得意でないので。会社の最寄りから25分くらいのところで少し遠いかなとは思ったんですが、住宅街ばかりのところにしました」
「えっ…?」
会社の最寄りから急行で一本で行ける駅で、そしてーー
佳織の家がある最寄りだった。佳織の顔が思わず、かぁあっと熱くなる。
「最寄り…一緒…だ」
パソコンの方へ逸らしていた目線を、照れながら隼人の方へ向ける。
「えっ、本間さん、〇〇駅なんですか」
「やだな…。適当な格好で歩いてるところ、見られる可能性があるってことじゃない」
「本間さん、きっと普段でも綺麗にしてらっしゃるんでしょう」
「そんなことあるわけないでしょ。普段は普通のお母さん。息子も一緒に住んでるし」
「そうだ。こんなに綺麗なのに、お母さんなんですよね。また、最寄りのこととか色々教えてください」
いつもクールな表情をしている隼人から、思わず笑みが零れる。こんな風に笑うこともあるのかと、佳織はときめいてしまった。