C金銭欲-1
翌日朝、前川部長が飛んで来て「正木さん昨日はお手柄だったようですね。
さすがに専務の目に狂いはない様ですね。
その功績の為でしょうか。本来途中入社の場合給料は日割りになるんですけど
満額100万円支給してくれるらしいですよ。」
「まぁ、本当ですか。それはありがたいです。」
ここからは小声になる。
「それだけじゃないんですよ。
賞与も満額300万出すように経理部長に話すのを聞いてしまいました。
賞与が出るまでは専務を怒らせちゃ駄目ですよ。
この件は専務の一存でいつでも取り消せる事だからね。
それさえなければ来月、君の口座には給与も合わせて計400万が入ることになるんだよ。」
今400万円の現金があれば夫も随分楽になる筈だ。
来月の給料日には久しぶりに夫を訪ねよう。そしてささやかなディナーを楽しもう。
そう決めて専務室に入る。
「昨日はご苦労だったね。君の我慢に対して今月の給料は満額出る様に手配しておいたよ。」
賞与の話はしてくれなかったが「ありがとうございます。助かります。」と感謝する。
「実はあのエロ爺のお触りに僕もブチ切れる寸前だったんだ。
僕が一度はプロポーズした女性をキャバ嬢の様に扱いやがってと思ってね。
でも笑顔で対応する君を見て我慢が出来たんだよ。」
「いやですわ。そんな昔のことはおっしゃらないでください。」
「昔の事じゃないよ。僕は今でも君が好きだ。」抱きしめられる。
「駄目ですよ。私は今は人妻です。」執拗に唇を追いかける。
その時前川部長の言った(専務の一存でいつでも取り消せるからね)という言葉が頭をよぎる。
そして専務の言う(ハニートラップも必要だ)という言葉が追い討ちをかける。
専務の背中に手を回してキスを受ける。
そしてすぐ逃げる様に専務室から出る。
ちょっと唇が触れた程度だがそれが大きな意味を持つ事にこの時の涼子は気付かなかった。
キスに成功した健司は前川に言わせた言葉が有効だったと見抜いた。
今の涼子の飽くなき金銭欲を知ったというべきかもしれない。
来月のボーナス支給日までは少し強引に押してみようと思った。
午前中の専務との打ち合わせが長引き専務室で出前の昼食をとった。
打ち合わせが長引いた原因は来週の大沼商事からの会席のお誘いだった。
涼子の同行を露骨に指名してきたのだ。
嫌がる涼子を健司が必死になだめる構図が延々と続いていたのだ。
昼食をとりながら何気なしに言った専務の一言が二人の落としどころになった。
「君が行かなければ大沼商事の1億の売り上げ増は見込めなくなる。
会社にとっては大きな損失だ。
君が前回の様に我慢して呉れたら臨時賞与を出してもいいと思っています。」
その一言を聞いてからは涼子の拒否する言葉は消えた。
専務も大人の対応でそれ以後はその話は打ち切られた。
食後のコーヒーを飲みながら健司は話し始めた。
「別居の理由は息子が僕の子じゃなかったからなんだ。」
「そんな事、奥様が認められたのですか?」
「いや妻のいない時、子供が発病して僕が病院まで運んだんだ。
病気はたいしたことはなかったんだが念のためにして貰った血液検査で分かったんだ。
その夜妻に説明を求めたのだが妻は息子を連れて出たまま帰ってこないのさ。」
「それはお気の毒ですね・・・・。」
「君が僕のプロポーズを受け入れてくれていたらなかった悲劇だけれどね。」
「もうその事はおっしゃらないで下さい。」
「僕は離婚するつもりだ。君のご主人も家庭を持つ資格を失っている。
どうだろう僕たちもう一度やり直せないだろうか?今でも君を愛しているんだ。」
「そんな事おっしゃられたら私困ります。今夫を見捨てるなんて絶対に出来ません。」
「あ〜涼子愛してるよ。俺寂しいんだ。」
涼子の唇を奪う。「駄目です。止めて下さい。」と抵抗する。
だがプロポーズともとれる言葉と健司への同情がその抵抗を弱める。
キスは徐々に濃厚さを増し健司の舌がうごめき始めた時、はっと気づき離れる。
そんな事があったが午後からは専務とその秘書に戻り粛々と業務をこなす。