手を繋ぐ-1
初夏の緑の香が漂う中、あたしは教室の窓から見える景色をぼうと眺めていた。
それは白昼夢を見ているようだった。
なぜだかクラスマッチで一戦目を制したあとの涼子ちゃんからの抱擁のシーンが何度も回想されていた。 虚ろに聞こえてくるのは、ホームルームの声。
『えー。それでは今年のサマースクールについてですが』
そうか、もうそんな時期かとあたしは気付く。
今年も夏が訪れる。
手を繋ぐ
あたし、小岩井彩夏。高校生活を謳歌してます二年生。
今日はどうしたのかというと、サマースクールに来ています。
サマースクールといってもほとんど遊びみたいなもので、学校でも人気の行事なんです。
今、あたしは二人の友人とともに歩いている。
『おーい。早く行こうよ』
先行く彼女はあたしと同じ女子バスケットボール部の相馬千鶴。
今日も彼女のトレードマークとなっているポニーテールで髪を結ってある。
『あはは。千鶴さん。そんなに慌てなくても大丈夫だよ』
あたしと並んで歩く彼女はクラス替えをして四月から親しくなった須藤涼子。
独特の世界観を持つ彼女とは、出会ってすぐに仲良くなり、今日のように千鶴と一緒に三人で行動するのが常になった。
あたしたちは今年は隣町のマリンパークに行くことになりました。
このマリンパークは先月開場して以降、この町の人気スポットなんです。
あたしたちはその中でも特に巨大な施設、水族館にやってきました。
『ここでもたくさんの人がいるんですね。当然魚もたくさんいるけれど』
涼子ちゃんはきょろきょろとあたりを見回す。
彼女がこれだけ興味深く辺りを見回しているところをみると、相当楽しんでいるのかな。
『水族館に来るなんて久しぶり、あたしなんか小学校以来だよ。高校生になったても感動するもんなんだね』
久々の水族館に千鶴も興奮しているみたい。
あたしだって水族館に来たことなんか本当に久しぶりで、その感想は新鮮だった。
あたしたちは逸る気持ちをおさえながらも、二人とパンフレットを見合いながら中へと入っていった。
雄大な自然を模倣した空間がこのマリンパークの最大の売り。
大きな水槽の中を自由気ままに泳ぐ魚。
いや、魚にとっては本当の自由というわけではないか。あたしたちも同じかしら。
それでも日本指折りの規模を誇ると言われているくらいだから、他の水族館に比べたら自由なのかもしれない。
あたしはまるで海辺の森の中にいるような感覚を覚えた。
見える可愛らしい動物や魚にあたしたちは興奮しつつ進んでいきました。
水族館来ているのはあたしたち三人だけではなく、何かといろんな人がいる訳で。
『ん?あれって美央と隣のクラスの男子じゃない?』
千鶴が指す方向を見ると、美央っていうクラスの女子が男子と手を繋いで歩いていた。また新しい男か。
『あっ本当。あの二人って仲いいんだね』
千鶴は先程とは違った意味ではしゃいでいる模様。
彼女、こういうこと好きですからね。
『隊長。偵察してくるのであとはよろしく』
『もう。誰が隊長よ。千鶴もほどほとにね』
涼子ちゃんと顔を見合わせる。
呆れながらあたしと涼子ちゃんは千鶴を見送った。
騒がしい千鶴が抜けただけでどうも世界が変わったかのように静かになってしまう。
そうすると、必然的に気にならないことまで気にしてしまう訳で。
『彩夏さん』
涼子ちゃんの不意の呼ぶかけに顔を向ける。
『二人っきりになっちゃいましたね』
涼子ちゃんはなぜかうれしそうな顔をしている。あたしの気も知らないで。