エピローグ-1
不意にスマートスピーカーからの音声が途切れたと思ったら、目の前に白い壁が現れた。
突然のことに驚きつつも、オレはすぐに冷静さを取り戻した。
「……」
何が起きたのかはわからないが、この空間には見覚えがある。
そうだ、ここは『バーチャル・リアリティ・ボックス』だ。
オレが仮想現実を体験したのはこれが3度目だったが、こういう体験は初めてのことだった。
わずか1時間ほどの時間で、AIが深層心理を読み取りそれに沿った仮想現実空間を再現してくれるというこのサービスは、利用料金が割高にもかかわらず予約が後を絶たない新しいビジネスだった。
近年人と人との関係が希薄になり将来への夢を持てなくなった現代社会で、現実世界から逃れるべく仮想現実空間…つまり自分の理想の世界へと逃避するようになったのだ。そのせいで、最近では『バーチャル・リアリティ・ボックス』が社会問題にもなってきていた。
オレ自身も紗耶香と離婚後、恋人を作る気もなく給料を貯めてはストレス発散のために利用していた。
しかしまさか、こんな形で小学校時代の世界を訪れることになるなんて……。
オレはため息をつく。下着が大量の粘液で汚れていることに気が付く。とても1回の射精の量とは思えない。
「こういうのも夢精っていうのかな?」
オレは苦笑いをし、備え付けのシャワーで身体を清めると『バーチャル・リアリティ・ボックス』の店舗を後にした。
(しかし、担任の鮎川奈緒美とできなかったのは何とも残念だなぁ)
あの色っぽい女教師をヒーヒー泣かせてみたかった。次回はそれを楽しみに、つまらん仕事に精を出すことにするか。
スクランブル交差点の信号が青に変わると、オレは繁華街の雑踏の一片となった。