出逢い・こいびと-1
火曜日の午後。シフトの休みが平日だと、その日はお楽しみが待っている。
公園の柵に自転車を横付けする。スマホの待受画面を見るとちょうど3時半だ。車両進入禁止のポールを縫ってやや広めの園内に入ると、奥のベンチに傍らにミントグリーンのランドセルを置いて座っている少女が見える。いたいた、しのちゃんだ。
しのちゃんは、この公園からわりと近くにある小学校に通う2年生だ。半年くらい前、俺が朝出勤するために駅へ向かう途中の歩道橋の階段で、歌を歌いながらひとりで階段を登っているしのちゃんに「歌上手だね」と声をかけたのがしのちゃんと出会ったきっかけだった。それ以降朝のこの歩道橋でよくしのちゃんと出くわすようになり、いつもひとりでいるくせに人懐っこいしのちゃんと、歩道橋から駅方面と小学校方面に分岐する交差点までの200mくらいを、しのちゃんのいろんな話を聞かされながら並んで歩くのが出勤日の日課になった。
3日も経つと、しのちゃんの家庭環境がだいたいわかってきた。どうやら両親が離婚して母親と一緒に引っ越してきたらしい。しのちゃんの家は学区のはずれなので近所に同じ小学校の児童がほとんどおらず、友達ができにくいので登下校もたいていひとり。母親は午後から夜まで仕事なので、放課後はずっと家の中でひとりでWiiで遊んでいる。引っ越してきてからとにかくひとりの時間が多かったので、俺が話しかけてきたのが嬉しかったらしい。にしても知らない大人に対してちょっと無防備だな、ま、下心もあって声をかけた俺が言える立場じゃないけど。
4日目、シフトの最終日に俺はしのちゃんにこう提案した。
「しのちゃん、あしたの放課後、お兄ちゃんと公園で遊ばない?」
俺はしのちゃんに俺のことをお兄ちゃん、と呼ばせていた。なかなか図々しいが、俺はしのちゃんの母親よりはちょっと年下みたいだから、お兄ちゃんでもそう変じゃないだろう。
「ほんとー?!やったー、なにしてあそぶー?」
「しのちゃんはお歌が好きなんだよね」
「うん、NiziUとか、すとぷりとかが好き!」
おなかのあたりまで伸びる三つ編みを揺らしながら、しのちゃんは軽く飛び跳ねるようにして「Make you happy」を口ずさんだ。
「じゃあ、しのちゃんが好きな歌うたうの、聞いてあげるよ」
「いいの?あたし、いっぱい歌知ってるよー」
俺を見上げて嬉しそうに笑うしのちゃんの顔に、東に伸びる通学路に差し込む朝日が当たる。かわいらしいほっぺたの金色の産毛が日差しを受けて輝く。にっこり笑う口元の、ちょっとすきっ歯なちっちゃい前歯がたまらなく愛らしい。
「しのちゃんの歌、いっぱい聞きたいな。じゃ、あしたの3時半くらいに、はるかぜ公園で会おうね」
はるかぜ公園は、通学路をしのちゃんの自宅の方に少し戻って線路を越えた造成地に最近できた公園だ。そこそこ広いが、誘致したマンションが着工前なので、近所の老人以外ほとんど人が来ない。
「うん!はるかぜ公園、ママと行ったことあるよ。広いから、歌ったら気持ちよさそう!いえーい!」
しのちゃんがハイタッチしてきた。