空の上と地の底-1
ああ、あんたか―――墓石を洗いながら、男は笑顔を浮かべた。
谷町敏之がこの墓地に毎年通うようになって七年になる。
墓を洗う男―――少女の父親が笑顔を見せてくれるようになったのは去年からだ。
「お久し振りです」
敏之は墓に花を供え、手を合わせる。
「俺とあんたくらいしか墓参りに来ないよ。あいつらの親が来たいって云った時は頭から水ぶっかけてやったしな」
顔を上げて、敏之は父親の顔を見る。
「お酒、どうですか?」
少しは減ったよ―――と父親はぞんざいに云う。
「そうですか」
敏之は持参したタオルで墓石を磨く。
毎年恒例だ―――初めて彼が来た時から。敏之のその手つきが優しかったから、父親は墓参を許している。
我が子の頭を優しく撫でて貰えるような気がするからだ。
「弁護士になったんだよな」
「はい」
「何故検事にならなかった」
父親は、ぽつりと云う。父親にとって、弁護士は敵だ。
娘にも責任があると云い、精神鑑定で裁判を延ばした。何より犯人を守った。
それが仕事だし、相手に弁護士がつかなくては裁判は始まらない。
殺したのも犯したのも弁護士ではない。犯人と同一視するのは間違っている。父親も、頭ではそう思う。解っている。
だが、裁判中犯人を庇う弁護士が、人でなしの冷血漢に見えた。
それは誤魔化しようのない事実だ。
「被害者も弁護士をつけるべきだと知らせる為です」
「そんな金、被害者が出せるか」
「殆どボランティアでやってますよ」
敏之は墓を磨き終えて、また手を合わせた。
「弁護士なんざ嫌いだ。検察官はうちに来て泣いたよ。極刑に出来なくてすみません、と。弁護士はな、テメェが減刑の為に書かせた手紙を読んでくれとぬかした」
「でも被害者にも弁護士は必要です」
解ったよ、あんたが云うならそうなんだろ―――父親はそう云って、墓を眺めた。
「可愛い娘だった」
風が吹いて、木々を揺らす。
何も苦しい事などないように思えるほど、墓地は静かだ。
太陽の光も柔らかい。
「当たり前に嫁に行って子供生んで、それで終わりだと思ってたよ」
涙の滲んだ瞳を見て、敏之は胸がつまる。
「事件の後な、山程報道された。犯人達も辛かったとかよ。リーダー格が怖かったとか、親に虐待されてたとかよ」
「ええ」
「でもな、俺は苦手だけど本を読んだ。親が酷くっても、必死で耐えて人を傷付けねぇで自分を責めちまう人間だって多いじゃねえか」
水の入った手桶を握り締めて、父親は云う。