空の上と地の底-5
この言葉がどんな比喩であるのかなど、敏之には解らない。
キリスト教徒ではないし、これから先もそうはならないだろう。
ただ敏之は思う。
行き交う人々には確かに命があるけれど、それを大切だと思えない人間は確かに居る。
暗闇の中から見る世の中はさぞ居心地が悪くて―――良い事も悪い事も酷い事も解らないのだろう。
そんな相手と戦えるのかと、昔先輩の酒井と云う男に云われた。
解らない。でもそうするしかない。
信号で停まっている間、空を見た。
夜を迎え暗くなる空の下で、何人が泣いているのだろう。
世の中には扉がある。あの扉が開いて、助けが来ないかと見つめられる扉が。
敏之はその扉を開けてやりたいと願う。
助けに来たんだ、と云ってあげたいと祈る。
信号が変わる。車を発進させて、事務所へ向かう。
それしか、今は道がない。
扉の前に立った時、開ける手が止まらないように―――震えを隠せるように、力をつけなければならないからだ。
それしか、今は解らない。
夜の闇が街を包む。
夜は、当たり前に安らかに眠れるようにと少女の父親を思う。
はかない祈りを捧げて、敏之は夜の闇の中に入って行った。
それしか、道はない。他の道は、まだ、ない。