空の上と地の底-3
「あんたみたいな男に惚れたら、幸せになれたかな」
「ありがとうございます」
敏之は頭を下げる。
涙が足元の石畳を濡らした。
「泣く事や辛い事もあるだろうとは思った。でもまさかあんな事になるなんて―――あんな目に遭うなら、あの子は生まれない方が良かったのかな」
「そんな事ありません」
「毎日毎日思ったよ。あいつらに娘が出来たら、同じ目に遭わせてやるって。何倍も酷ぇ目に遭わせてやるって。でも最近思うんだ」
父親は空を見た。娘と妻の姿を見たいのだろうか―――会いに、行きたいのだろうか。
きっと両方だ。
「そしたらその子にとって、俺はあいつらになっちまう。あいつらと、あいつらの親が苦しんだって知るもんか。だけど娘は違うよな」
「はい」
「なあ、谷町さん。俺をな、ガキみてぇに抱き締めてくれ。死んじまいそうなんだよ。全部捨てて、あいつらを殺しちまいそうなんだ。怖いんだ」
敏之は、頷いて父親を抱き締めた。
娘と妻の名を呼びながら、父親は泣いた。
いつまでも、いつまでも。
日が暮れた頃、漸く父親は落ち着いて墓地を出る事にした。
「あれから俺は、人がみんな人殺しの人でなしに見えた。苦しかった。でもあんたがな」
助手席で語る父親は、敏之を見る。敏之の車で家まで送るのも恒例だ。
「毎年来てくれる度に、少し落ち着く。世の中酷ェ人間や事件ばっかりだ。でもあんたが居る。あんたは良い奴だ」
「ありがとうございます」
「ありがとうな」
ぽつりと、父親が云う。
「私は、何も出来ていません」
「泣いてくれるじゃないか。可哀相だ、って泣いて毎年来てくれてよ。あんた、俺みたいな人間を助けたくて弁護士になったんだろう」
「はい」
そりゃ茨の道だな―――と、父親は笑う。
少しも楽しそうではないけれど。
「目の前が真っ暗なんだよ。ちっとも明るくならねえ」
目を細めて父親が云う言葉は重い。
どれ程に敏之が人の為に尽くそうと涙を流そうと、残酷な過去は消えはしないからだ。
「前にな。娘がお父さんの買ったジュース勝手に飲んだから、って買い直して来た」
「はい」
「娘は飲んだ時も謝ったらしい。すっかり忘れてた。覚えてなかったよ」
娘の事を思う時、父親の声は穏やかだ。でも、痛い。堪らなく。
話せるようになっただけで驚異的だと敏之は思うけれど。
「俺はそんなに怒ってなかった。許してたんだ。だから覚えてなかったんだ」
谷町さん―――と、父親は敏之を呼ぶ。