地上の朝顔-1
守る事は大変で、救う事は難しくて、傷付ける事は簡単だ。
谷町敏之が死んだのは、夏の盛りだった。
知らせを受けて酒井は葬儀に出たけれど、息子の健吾とは余り話せなかった。
彼とはゆっくり話したいと思っていたから、酒井は敏之の死後暫くして―――真冬に谷町家を訪れたのである。
「冷えますね」
健吾が云う。確かに冷えるし、体にこたえる。昔はそうでもなかったが、自分ももう年だ。目の前に座る敏之の息子も四十を越えたのだから、当たり前だ。
矍鑠としているとは云われるし、自分でもそうだとは思う。
それでも酒井は老いた。
「ああ」
息子の顔は、敏之によく似ている。
「酒井さんに来て頂けて、父も喜ぶでしょう」
「どうかな。お前の寿命を寄越せと云うかも知れん」
笑って、目の前に置かれた茶を飲む。熱くて旨い。
「あいつも、随分働いたな」
「働きすぎですね。大したもんです」
健吾の背後にある仏壇に目を向けて、彼は笑顔の父の顔を見つめた。
「まさか弁護士になっちまうとは思わなかったよ」
「三十を越えてから司法試験の勉強ですからね。凄まじい―――執念です。あれは」
正面に座る酒井に視線を戻して、健吾は云う。
「父はもう、がむしゃらでした。人を救うんだ、助けるんだと。子供の頃は訳が解らなくて」
「ああ」
頷いて、酒井は少し迷ってから問うた。
「親父さんがそうなったきっかけは聞いたか?」
「長じてから裁判資料を読みました。子供の頃は事件を調べる事を、決して父は許さなかった」
「影響が怖かったんだろうな。子供があんな事件を知るべきじゃない」
そうですね、と健吾は頷く。
「痛ましい事件です。父は死ぬまで毎年、被害者の方の墓参りに行きましてね。彼女のお父様が亡くなってからは、墓の管理までしていた。自分から申し出たんだそうです」
「そうか」
酒井は遠い日の敏之を思い出す。苦しいんだと泣いていた姿を。
「私が弁護士になってからです。事件の話を父としたのは。人として、あの事件を許しては駄目だと」
「君はどう思う」
酒井に問われて、健吾はゆっくりと云った。
「酒井さんは、インターネットをやりますか?」
「年だし、よくはやらんよ。やれない事はないがな。パソコンも仕事で使ってた」
「そうですか。掲示板なんてご存じですか?」
ああ、知っていると酒井は頷く。