地上の朝顔-4
「一番責められるべきは犯人です」
「違うよ。俺達がちゃんとしてたら、死なない人間も多かったんだ。あの子もそうかも知れない」
「忙殺されている以上は仕方がないでしょう」
優しい健吾の言葉が痛い。糾弾されるより、酒井を責める。
「俺達は、云い訳なんかしたらいけないんだ。そういう仕事の筈なんだ。なのに俺はそう出来なかった」
酒井は、手遅れが当たり前だと思っていた。思いたかった。
死んだらそれ以上は死なないのだから、と自分に云い聞かせた。
それが間違いであったとしても、酒井には必要な言葉だったから。
「酒井さんだけの責任じゃない。一晩中道に停めてある不審な車両を住民は無視していた」
「なあ、健吾君よ。どうして俺達は、あの子を助けられなかった?真っ暗なビルん中であんな目に遭って、必死で助けを求めてよ―――なんで仏様も神様も助けてやらないんだ」
震える酒井に、健吾は云う。
「警察と同じです。被害の後に求められた救いに対応する為にいるからです」
落ち着いた声だ。
健吾は遺体を見ていないからだ、酒井は思う。
「俺だって云いたかったよ。この通報は怪しいって、調べてくれって。でも無理なんだ。組織じゃ無理なんだ。俺だって助けたかったよ!」
声を荒げて、酒井は泣いた。あの子の為に、数多くの被害者の為に、初めて涙を流した。
「俺だって可哀相だと思った。犯人が憎かった。でも何が出来る?警察は必要だろう?」
「解ってますよ。酒井さん。どうしても、何を云っても貴方は辛いんだ。辛いと云えなかったから、ずっと辛かった」
あの日と敏之と同じように、酒井は震えて泣く。
「貴方が正しいから。でもそれを、貴方が好きになれないから」
「ああ。そうだな」
「幾ら他の人を助けても、気持ちは晴れない。父も同じだったと思います」
酒井は敏之の遺影を見つめる。
不幸に対して、人は無力なのだろうか。
救われる道はないのだろうか。
「父はよく云ってました。人を傷付けるより救う方が格好良いとか」
微笑んで、健吾が云う。
「人間は、やっぱり心なんだと。金も大事で、なくても平気だとは云わない。思いやりだなんて、金に比べたら役に立たないように思う。でも」
酒井は、健吾を見た。
「最後はどうしても、そういったものが大事になるんだ。考えて考えた末には、そうなんだと思うと」
救おうと思う心も、恐怖に負ける。
助けようと思って伸ばした手も阻まれて届かない。
それでも。酒井は不幸が減ると良いと思う。
自分達が新たなる苦悩を人々に与えてしまった事があったとしても。
「そうかもな。みっともなかったな、こんなじいさんが」
酒井の言葉に、健吾はゆっくりと首を振る。
「そんな事ありません」
「君と話せて良かった」
立ち上がると、健吾も立った。