地上の朝顔-2
「意見が書き込めるやつだろう。公安まで気にしてたとこもあったようだな」
「ええ。あの事件についての書き込みもありました。酷いとか犯人は最低だとか、そんなのが多いんですが」
「賛同もあるだろう」
「ええ。被害者は殺されて当然だ、自分もやりたい、興奮する―――なんて書き込みもありました。父はいつも悲しんでた」
「だろうな。あいつは被害者の子を知ってたからな、少しだけだが。警察は山程事件を見る。だが知ってる人間が惨たらしく殺害されるなんて、そうはない」
そうでしょうね、と健吾は云う。
「父は、被害者家族の方をほんの少しですが向いたんですよ。警察の見ている方向から視線をそらした。かなりのショックだったと思いますよ」
「そうだな。一件一件、関わった人間には特別なんだ。警察はそれを見ないようにする。見たらお終いだからさ」
犯人が逮捕されようと、起訴されようと、有罪になろうと、事件は終わったりしない。
だが警察の仕事は、検察に送った段階で終わりだ。差があるのは当たり前だと酒井は思う。
警察といえど仕事は仕事であり、悶え苦しむ関係者とは違うのだ。
その境界が曖昧になったから―――敏之は、警察に居られなくなった。裁判の向こう、あまりに重い、苦しむ人々の人生。
そこから目を逸らせなくなった敏之には、もう無理だったのだ。
「線を引かないと、数多くの事件は処理出来ない。仕方のない事です」
健吾は冷静に云う。
あの子の声を知らないからだ。
敏之は知っていた。
だから耐えられなかった。
酒井は、引退した今は思う。
目を抉られ、下卑た笑いを受けながら眼窩に射精された彼女が、その時すでに意識がなかったように、と。
現役の頃は考えないようにした。あんな吐き気のする真実と正面から向き合い続けて行くのは無理だと酒井は思っていたし―――解っていたからだ。
「そうだな。そうだよ。俺達なんて冷たいもんだ」
「でも、酒井さんも許せないでしょう?」
そう問う健吾の声が敏之そっくりで―――酒井は少し、震えた。
「ああ―――そうだな」
「許すと云うのも難しい表現ですけどね。ただ、被害者本人やその家族の気持ちを無視していくなんて、無理なんですよ。あの人達の苦しみを、何処かで受け止めないといけない」
それはおそらく、法律ではないだろうな―――酒井は呟く。
頷いてから健吾は立ち上がって、新しい茶を淹れた。
「そういえば君は、犯罪被害者支援の他に同性愛者人権活動の支援もしているな。どうしてだ?」
新しい茶を啜り、酒井は問う。
「そんな事をする弁護士も珍しいだろう」
「そうかも知れませんね。そうそう明るみに出る話じゃないですし」
健吾は穏やかに笑う。
「ゲイの友人が居るんですよ。学生時代から知ってる人なんですが、彼らも犯罪被害者と同じです。何も悪くないのに苦しむ。彼の苦しみが軽くなる事を祈ってましたから、何かしてあげたくて」
「君は、良い奴だな」
酒井は思い出す。敏之が辞める時自分が云った言葉を。