3)漁場へ-2
あらためて、畳の上に立っている少女の全身を眺める。
薄い浴衣地の着物は、袖が無く、裾も太ももの4分の1しか隠していない。
足の爪先から脚の付け根まで、ほぼ全部が空気にさらされていて、腕も付け根から全部が見えている。着物の合わせ目は、これも旅館の浴衣と同じ様な紺色の細い帯で結ばれている。首は喉元から上が見えているが、腕や脚と同じくすらりとしていて、さなの身体は全身のバランスがとてもきれいだ。
そして、外に露出している肌は、うっすらと日焼けして少し小麦色がかっている。まだ、春の名残がある季節でも、やはりこの島は暖かいらしい。
顔には照れ臭そうな、はにかんだ様な笑みが見える。でもそれは、視線を集めている事に対してだと分かる。
さっきまではあんなに気にしていた太ももを、ほとんど付け根まで出しているのに、恥ずかしさを全く感じていない様だ。照れの表情以外は、姿勢も堂々としていて、胸を張って真っ直ぐに立っている。
さなは、雄一の側の土間に、裸足のまま降りてきた。
「 あの… せんせい… お待たせして申し訳ありませんでした。 支度、出来ました 」
横に並ぶと、やはり雄一との身長差はかなりある。
「 うん、いいよ。ご飯、食べてたから全然待ってないよ。 さなは潜る前は食べられないんだってね。 大丈夫? 」
「 はい、いつもそうなんです。 だから全然大丈夫です 」
と言いながら、手荷物を持ち直した。古風でシンプルな風呂敷包みである。
さなは、
「 じゃあ、組合長さん、ゆうこさん、行ってきます。 組合長さんが言われた『海女の代表』と思って頑張ります 」
と、おばさん2人にも挨拶をした。この時、初めて気が付いたのだが、さなは継母の事を、『おかあさん』ではなく名前で呼ぶようだ。
「 ああ、さな、行っといで。 どんな難しい撮影でも先生の言う事をよく聞いて、絶対にやり遂げるんだよ 」
とゆうこおばさんが励ます。
「 さなちゃん、『海女代表』、頼んだよ。 見習いでも、さなちゃんは頑張れる子だって知っているからね 」
と組合長も元気よく言う。
そして、雄一は、さなと2人で漁場へ向かった。
ドアを出ると太陽が真上から照り付けている。そのまま家の裏手に回る。家に隣接している小さな建物が見える。さなに聞くと、やはり、これが風呂場の様だ。
そこから奥は、木が茂った森になっていた。さなは、裸足のまま、森に向かって歩いていく。どうやら、靴は履かずに漁場へ行くようだ。
「 さな、 森の中は裸足で痛くないの? 」
「 はい、 もう慣れているから全然大丈夫です。 足の裏の感覚が大事だって組合長さんから教えてもらって、だから、お仕事の練習の時は、いっつも裸足で行きます 」
小さな足で、草の中に踏み分けていく。家で見た時は軟らかそうな足裏だと思ったが、本当に痛くはなさそうだ。雄一の靴に比べると音が小さい。慣れたら裸足の方が歩きやすいのかもしれないと雄一は思った。
一見、道が無い様に見えたが、さなが毎日の様に通るところが踏み分けられて、自然の道が出来ている。
雄一の目の前を、小柄な少女の黒髪が揺れている。長さは首が隠れるくらいで、少しふんわりしている。
「 ところで、さなの身長は何センチかな? ちょっと、データも記録しておきたいから 」
「 あ… えーっと… 先月の新学期の検査では143センチでした クラスで前の方です 」
「 143ね。全然問題無いよ。 じゃあ次は体重ね 」
「 体重ですか… ちょっと重くて恥ずかしいんですが… あの、38キロもあるんです。 すみません、重くて『ひしゃたい』無理ですか? 」
雄一は頭の中で年齢別の平均数値を呼び起こす。身長は低め。体重はほぼ平均値。だから、確かに体重の方が多めだが、少女の体型は、むしろ見た目は細い方だ。きっと、筋肉の発達が見た目よりも重くしているのだろう。
「 大丈夫だよ。 『被写体』なってもらうのは変わらないよ。 ぼくも撮影する以上は、一人前の大人だと思って指示をするから、頑張ってね 」
「 はいっ! 」
と振り返りながら、さなは笑顔で元気に返事を返す。