その1-5
当時の江戸幕府の決まりとして、
吉原では客を泊めるのは一晩だけ許されているが、
連泊は禁じられていた。
それを許すと、だらだらと世が乱れるのを幕府が怖れたからだ。
故に浮丸が遊女を描くのに、一晩で描けることなどは出来なかった。
絵を描くのに、浮丸は線の一本一本にも集中していたからであり、
まして心を込めて女を描くには、一晩ではとても無理だった。
仮に次の日に出かけても、同じ女が買えるとは限らないからである。
それ故に、吉原からほど近い場所に一軒家を借りて
そこで女を好きなだけ観察し、
描くと言うことを思いついたのだ。
又、絵を描くのに疲れたときには、
遊郭へでかけ女を抱いたり、
酒を飲んだりすれば好都合だからでもある。
浮丸は、浮太郎にはよくそのことを言い含めていた。
「私は、しばらく絵の為に女を極めたいのだ、
お前を私は誰よりも信用している 、だがお前はまだ若いが、
私と一緒に女をとことん学んで良い浮世絵を描く絵描きになるのだ、
これも修行だと思いなさい、よいかな」
「はい、私は尊敬するお師匠様にお名前の一字をいただきました、
どんなことでも致しますので、お言いつけ下さい」
「そうか、頼むぞ、浮太郎……ところでだ」
「はい、お師匠様」
「私はここでは北川浮丸ではなく、元の名前の市太郎と言うことにしよう、
今は私の浮丸という名前を、今は誰にも知られたくないのだ、
だからこれからは、私をお師匠様という言い方を止めて先生と言いなさい 、
それからお前も本名の弥介にしなさい、いいな……弥介」
「はい、先生」
「よし、それでいい……ところで弥介や」
「はい、先生、何でしょう?」
「お前は、女子(おなご)を知っているかな」
「あの、どういう意味でしょうか?」
「女子の身体をしっているか、という意味だ」
「いえ……あまり」
「では、まだ女子と交わったことなど無いというのだな」
「あ、はい……先生、お恥ずかしいです」
「いや、そのほうが良いのだよ、
これからはお前にもその女子をたっぷりと分からせてやるぞ、
女子とは可愛いものだぞ、弥介や」
「はぁ、そうですか、私にはよくはわかりませんが」
「あはは、そのうちに、その良さがお前にもわかるだろうよ」
「はい、先生」
弥介は顔を赤らめた。
ここで、弥介の浮太郎は、ようやく自分が師匠の浮丸が自分を指名して
連れてきたことを、何やら悟ったようである。
浮丸は、この若く色白な美男子を見て、
彼にまだ見ぬ女を抱かせることの興奮を憶えるのである。
その一軒家は賑やかな街中から少し離れ
家から少し歩くと近くには女郎屋や、風呂屋があり、
湯場では、よく男達は湯女に背中を流して貰っていたし、
話がまとまれば、客は別の場所でその女を抱くことも出来た。
そこには様々な老いも若きも、そんな女達が生活していた。
そこは浮丸が女を探求するのには、都合の良い場所だった。