触覚-3
なぜ、その少女なのか……。彼女の姿と香しい匂いは、私の渇いた咽喉を潤わし、恥ずかしくなるような花の純潔を私に与えてくれた。彼女の姿を自分の触覚だけで自然と脳裏に描きはじめている。少女が三十五年前に出会ったあの女性に感じた懐かしい触覚を、同じように感じさせたことはまちがいなかった。私はいつのまにか遠い記憶の中にある自分の触覚に浸ることができ、その感覚は自分が虫であることをあらためて感じさせた。
眠れない夜がくると、私は近くの老舗の喫茶店まで出かけ、音楽を聞きながら珈琲をすすることが楽しみだった。カウンターでいつも見かける四十歳中頃の男は、今夜はいなかった。特に顔を知っているわけでもなく、言葉を交わしたこともないのに、なぜか親近感を覚えた。その理由はほんの一瞬、彼が私と同じような虫に見えたことだった。
初めてあの少女を目にしたのもその店だった。とても大人びた彼女の服装から、最初は二十歳くらいの年齢と思っていた。彼女は若い男と一緒だった。私はふたりの会話を小耳にしたことから、少女の名前が汐路であることを初めて知った。
若い男は、おそらく彼女のボーイフレンドだと思ったが、何かとても深刻で物憂い顔をしていた。ただ、彼はとても若々しい瑞々しさを匂わせていたこと、そして何よりもこの歳になった私が失った過去の時間のすべて持っていることをどこか羨ましく思った。
向かい合うふたりのあいだに何か冷ややかな距離を感じたとき、少女がとても残酷な美しい顔をしていることに私は気がついた。それは私の触角が少女という花に芽生えさせられ、毒々しく魅了されていくような不思議な感覚だった。そしてふたたび少女を見かけたのが公園から見える学校の正門だった。
私は少女と出会ってから懐かしい虫の触覚の夢を見るようになった。いや、実際に自分の触覚を見たわけでもなく、それは私の心と身体から生えあがる、透明に冴えわたる《触覚の意識》だった。
………夢の中の私の触覚は少女が椅子に深く身を沈めて眠っているのをとらえている。見なれたいつものセーラー服のスカートの裾が乱れ、上半身の初々しい輪郭とは違い、下半身は豊かに実りつつある肉惑を感じさせ、雪白の成長した脚の輪郭は弾けるように瑞々しい。
彼女をとても近くで見ている私は、自分が小さな虫に変化していることに気がついた。自分の身体に生えた触覚だけに彼女の気配を感じとろうと喘いでいた。冷ややかに咲いた花の美しさに潜む残酷さをどこかに秘めている少女の気配を。
触覚は少女の白いソックスで包まれた清らかな足首に絡み、なだらかなふくらはぎを這い上がっていく。そして白い花びらの中にある雌(め)しべの翳りを探るようにひるがえったスカートの中をのぞき見ながら、澄みやかさをもった、真っ白に光る腿の素肌に吸いつき、触覚を恐る恐る蠢かしている。
彼女は下着をつけていなかった。色白の太腿のつけ根に織りなす淡い翳りの煌めきは、驟雨に煙った花の蕾のように見えた。そして蕾の奥に瑞々しい蜜が滴る音が木霊(こだま)し、私の触覚は響きに共鳴したように小刻みに震え、翳りの奥へ奥へと伸びていく。
もし少女が今、目を覚ましたら、きっと悲鳴をあげ、虫になった私を手で払いのけ、ローファーの靴底で踏みつけるかもしれない。でもそうされることは、とても甘美な欲情を私に与えるに違いない、いや、それ以上の快楽を私にふたたび息吹かせるかもしれないと思った。
少女は怖いくらい深く濃密な眠りに浸っている。おそらく私の触覚が彼女の翳りのどんなところに忍び込んで這いまわったとしても、彼女は目を覚ますことはないように思えた。
そのとき、わずかにかに少女が身じろぎ、白い太腿のあいだが大きく開く。私の触覚は白い太腿の内側に滑り込み、微かに湿った肌の湿り気をたどり、腿のつけ根にふくらんだ翳りに触れる。閉じた蕾が花を今にも咲かせるようにしっとりと潤んでいる。まるで私の触覚がそこに触れることを予感しているように。触覚はとても瑞々しく冴えわたっている。それは三十五年前、私があの人に触れたときと同じように《完璧な触覚》だった……。