触覚-11
妻の雪乃は母親に似ていると言われることをいつも嫌っていたことがふと脳裏を横切る。
似ているかもしれないし、似ていないかもしれない……ただ、妻と違うところは、体を重ねたときに美繭がとても甘い蜜の匂いを漂わせるということだった。妻にそんな匂いはなかった。いや、妻の匂いそのものが彼の記憶の中に存在していなかった。
彼の頬が美繭の零れるような薄く垂れた乳房を押し上げ、唇が脆く萎れた乳房の先端にある色素が抜け落ちた乳首の匂いに戯れると、微かに湿った肌から滲み出る匂いの鼓動を嗅ぎわけている自分に気がつく。
美繭の手が彼の頬を包み込み、自らの下腹に引き下げる。彼女は知っていた。彼が、彼女の特別な匂いを嗅いでいることを。美繭の脚が彼を誘惑するように開いた。彼の顔が彼女の太腿のつけ根に漂う香しい匂いに吸い寄せられる。
乾いた内腿の肌に唇が吸いつくように這い、薄く煙るように縮れた陰毛のあいだに鼻先を埋める。彼は何も見ていなかった。ただ暗い花芯の洞窟に引きずり込まれるように夢中で彼女の匂いを追った。それは、匂いを嗅ぐ嗅覚以上の彼の意識そのものだった。
美繭を意識するほど彼の臭覚は敏感になり、彼女の色彩のない花びらのまわりを彷徨(さまよ)い、ゆるんだ肉溝へと舞い込んでいく。彼がこれまでどんな女性にも感じたことのない、身をよじるほどの性的な淫らさが匂いとなって彼の鼻腔を刺激した。そして漂う香気によって彼は身を噛むような快楽へと堕ちていく自分を感じた。
舌先が開いた肉唇に吸い込まれ、しっとりとした湿り気を感じる肉唇に触れたとき、彼の鼻腔がふるふると微かに震えた。とても七十八歳の女性の匂いだと思えない、芳醇で、底深い、しとやかな香りが万華鏡のような色彩をはらみ、彼の鼻腔に忍び込んでくる。
微笑を洩らす美繭の匂いに惑わされるように彼の舌がほのめき、ゆるんだ肉溝をなぞりあげる。秘芯は少しずつ彼の舌によって押し広げられ、まぶされた唾液が彼女の枯れた泉から愛液を誘い出そうとしていた。
ああっ………いい………いいわ…………
美繭の嗚咽が洩れ、真っ白な内腿の薄い皮膚の翳りが引きつるように小刻みに震えている。彼は自分の舌先の感覚よりも、臭覚の蠢きを感じた。唇を彼女の花芯に強く押しあて、微かに感じられる突起をくすぐると匂いは燦爛(さんらん)と拡がっていく。
あっ………あっ、あっ…………焦らさないで………はっ、早く、きて………
伸びてきた美繭の掌が彼の顔を包み込むように引き上げた。互いの体が重なった。かさかさと老いた彼女の肉肌が震える音と体の芯の脆さを含んだような骨の軋む音がした。そのとき、ふわりと美繭の匂いが彼を緩やかに包み込んだ。
彼女を強く抱きしめるほど彼の肉体は彼女の甘い匂いに魅了され、溶けていき、やがて彼女の匂いは濃さを増し、彼の中に刻まれていく。
茫洋と澱んだ彼女のヴァギナの虚ろいの中でも彼のペニスはとても堅くなった。それは妻との行為ではけっして得られなかった高揚した堅さだった。その理由はわかっていた。なぜなら《虫としての彼のペニス》は、血流を狂おしくさせるほど美繭の芳醇な匂いを吸い込んでいたのだから。いや、虫になった自分だからこそ、彼女をこれほどまでに《嗅ぐこと》ができ、性的な高みに押し上げられたに違いなかった。
とても長いセックスだった。いや、それはセックスというより彼が美繭の肉体に包まれ、彼女の中の蜜の匂いに弄ばれている行為だった。七十八歳の女性の体がどれほど性的に感じているのかわからない。それでも美繭はとても深い体の呼吸に浸ったように彼を肉奥に深く受け入れた。そして彼は、彼女に匂いにまぶされたように烈しく射精をした。