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触覚
【SM 官能小説】

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触覚-10

五年前、妻と離婚した彼に、妻の母親である美繭を抱く罪悪感はなかった。いや、そもそも彼はどんな女性であれ、性的に交わることに意味を感じなかった。それが妻のときも同じだったことを記憶の底からすくいあげたとき、彼の体の中に冷ややかな空気が漂ってきた。
あのとき彼は美繭の匂いに誘われるように彼女を抱いた。そして虫を食べる花のような毒々しい彼女の肉唇に包まれた彼のペニスは、花肉に蝕まれるように精液の飛沫を滴らせた。これまで妻と交わることがなかった肉体が、虫を意識したことで美繭の匂いに向って射精したのだった。

美繭はゆっくりとベッドから起き上がると薄く透けたナイトガウンを纏う。七十八歳という年齢には見えないくらい身体の輪郭は崩れていない。何よりも不思議なことは、彼女の体の匂いがあの頃よりも色濃くなっていたことだった。
まるで恋人同士のようにベッドの端に並んで座る。彼女の肩をそっと抱き寄せる。そういう行為が美繭に対して自然とできる自分が不思議だった。そのとき彼のどこかに懐かしい触角の気配がし、触覚は臭覚となって彼女の匂いを求めるように揺らいでいた。
「あなたがあの子と別れてから、もう何年になるかしら」
「五年でしょうか。すでに過去の記憶になっていると言った方が正確かもしれません」
「離婚して五年たてば、あなたとあの子は男と女の記憶さえ失ってしまうのかしら」と言って彼女は笑った。
 見えない自分の臭覚がほのかに薔薇色の恥じらいを含んだ美繭の唇から匂いを吸い上げようとしていた。
彼は美繭のガウンの乱れた裾からのぞいた白い腿に手をあてる。皮膚の薄さを感じる腿肌から彼女の体温が微かに伝わってくる。肌の乾きと湿り気が微妙に混じった手ざわりが彼に匂いを感じさせる。腿の内側を這った掌は疎らな陰毛の淡い気配にたどりつく。

「あの子には男がいるらしいわよ」と彼女は不意に言った。
別れた妻がどんな男とつき合うと自分には関係のないことだと思いながらも、ある種の焦燥感は彼の臭覚を鋭敏に冴えさせた。そのことを美繭は知っていた。
「どんな男なのでしょうか……」
「あの子があたしたちの関係を知っているなら、あなたもその男のことを知る必要があるということかしら」と言って彼女は彼のズボンの中心を撫でた。
指先が彼のものの輪郭をなぞりはじめると、彼は自分の臭覚が冴え冴えと、ときめいてくるのを感じた。それは彼が美繭の蜜の匂いを嗅ぐための虫に変幻していく甘美な瞬間だった。
「おしえてあげるわ。あの子がつき合っている男は、あの子が自分の身も心も所有されることをゆるした男だわ」
「ぼくは、雪乃にとって、そういう男にはなれなかったということでしょうか」
「そういう男にあなたがなる前に、あたしがあなたを虫に変えた……そしてあなたをあの子から奪った。あの子は今でもそう思っているわ。でも、あなたにはそもそもあの子が見えていなかった……そして受け入れることもなかった」と、美繭は微かな笑みを頬に溜めて言った。
 
 いつのまにズボンのジッパーが降ろされ、ブリーフからむき出しになった彼のものが美繭の冷たい手に中にあった。彼女の手は、まるで彼の首を絞めるように彼のものを少しずつ握りしめていく。
「キスして………」と言って彼女は唇を微かに強ばらせた。
熟んだ果実が割れたように潤んだ唇に香りが立ち迷い、放恣なものがひたひたと充ちてくる。彼は美繭の肩を引き寄せ、その匂いに吸い寄せられるように唇を重ねる。何かしら底知れなく色彩のない時間を吸い込んだ化石のような匂いだけにいつのまにか酔うように浸り込んでいく。

美繭は言った。「今夜は、あなたがとても欲しくなったわ」
彼女はガウンを脱ぎ捨てるとベッドの上に白い裸体を横たえた。彼女の白髪がベッドのシーツの上に藻のように広がっている。弛んだ乳房が崩れ、谷間の肋骨が透けるように浮き上がり、なだらかな腹部の柔らかく脆い肌肉が薄絹のようにシーツに蕩ける。
彼は身につけたものをすべて脱ぎ、ベッドの上の彼女に寄り添い、体を重ねる。間近に見ると皺が刻まれた顔でありながら、目元と鼻筋の整った輪郭はおそらく若い頃の残照のように映え、薄く形のいい紅色の唇からは今もまだ瑞々しい白い歯が零れている。


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