パン焼き虜囚娘と隣人たち-1
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こんな生活でも、ささやかな充実感や喜びはある。
ミレーユにとってそれは｢パン焼き｣のひとときだ。だいたいこの仕事が固定になってしまっているのは、素質と好みが合ったからなのか。
盗賊集団の鬼畜ゲリラだって人間だから、食事は絶対に必要だった。毎回全部が全部を食べる都度の時間で作りたてとはいかず、携帯食料だって必要になる。まさにこれだけの人数分の食事をタイムリーな略奪や外部購入というわけにはいかない。
だから｢パン焼き｣や乾麺の製造は、ゲリラ村にも専門の部署がある。もちろんそれに付随する粉ひきなどの作業も含むけれども、機械やロボットウォーカーを使えば、肉体の負担はさほどでもない。しかし小さな｢少年兵見習い｣の男の子たちが、荷物運びなどをやってくれるし、ゲリラの男たちも自分たちの食事に関わることだけに案外と協力的なのだった。
パンの焼ける香りも好きだった。
そして何より｢人間的｣な時間であることが。
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クロワッサンやら、芋入りの蒸しパンやら。
バームクーヘンや二度焼きの保存用乾パンまで。
半野生・半栽培の小麦だけでは不十分なので、もっともポピュラーな半自生の芋類(そういう品種が広く撒かれていた)も使った独特のレシピ(地方や村・都市ごとで独特のメニューがあった)。
パン職人だってプロフェッショナルだ。
こんなゲリラ村にはもったいないくらいの。
齢六十近いナセル・シュタインブルクはこの仕事で数十年になる。腕前からすれば、州軍閥の要塞都市でも需要はあることだろう。性格だって無骨ながらも、さして極端な悪人とは思えない(横着でゲリラ向きとは言えるのかもしれないが)。けれどもそんな人生や現在の境遇も、彼なりの事情があってのことであるらしい。
｢ちょっとした、クッキー風味ってやつだな｣
本日の乾パンは、やや甘口でお菓子風。糖分の多い芋類の粉を使ったものらしい。どちらかといえば、作り置きのデザートやつけ合わせに近いだろうか。
無骨な節くれだった指は慣れた調子。
よく痴漢されるし、夜にミレーユを好んで尋ねる。
ただ、彼なりの職業的プライドや義務感があるらしく、仕事場で作業中に助手を犯すようなことはやらない主義であるらしかった。
｢ちょうどこれくらいの硬さに捏ねるんだ｣
その手は、ミレーユの尻肉を撫で揉んだ。
やっぱりスケベで不躾無礼のセクハラ、ゲリラだ。
ミレーユは慣れないうちはびっくりしたし、嫌悪感や拒否感しか湧かなかった。だが、拒否したときの冷たい態度への反応が、いかにも残念そうなのだ(あからさまに怒りだして襲うような真似まではしなかった)。まだ無茶なことはされなかったし、他との比較で｢マシ｣なように思っているうちに、だんだんにちょっとは慣れてきてしまっている。
｢スケベ。セクハラです｣
ポツリと聞こえるように呟き、少しだけ微笑むような気配を浮かべて距離を置く。この｢セクハラです｣などという非難の言葉が意味を持って通用することが、このゲリラ村では逆に例外的なのだ(問答無用に暴力やレイプが前提・黙認されている無法者たちだから)。
あくまで比較でしかないが、許容範囲の｢歪んだコミュニケーション｣になっていることを、ミレーユとしては自分でもどう考えて良いのかわからない。
おそらく、人間としてはパン職人・ナセルを極端に嫌っているわけではないし、年長の職業人としてはいくらか尊敬してもいる。略奪や暴力にのみ明け暮れている連中に比べたら、まだ健全で生産的な人間ではあるから。
｢やっぱり、明日の晩？｣
｢ああ｣
(何が｢ああ｣よ。やっぱり私を犯しにくるケダモノ)
ただし、それでも他のゲリラの男たちより心情としてマシではあるから、本気で却下するのは得策でもなかった。割り切ってしまえば多少は楽しめなくもないし(心理的な安心感もある)、面識の薄い相手から乱暴にされるより苦痛も圧倒的に少なく済む。
そして、ナセルより厄介なのが、実はパン焼きの手伝いの少年兵やその見習いの男の子たち。正式には｢女を使う順番｣に与れないので、早熟な欲望でけっこう悪戯するのだ。そういう振る舞いには、この場所の環境の悪影響もあるに違いなかった。