白衣の天使-10
「膣内には不妊に効くポイントがあります。僕がそこを圧迫しますので、違和感があるようでしたら遠慮なく言ってください」
椎名は膣に指を挿入し、入り口から少し進んだところの壁を撫でた。粘膜を隔てた向こう側にはクリトリスの一部が潜んでおり、女性の体質によっては潮を吹くこともある。
この患者は吹かないが、くちゅくちゅと音を立てる卑猥な穴はよだれを垂らし、椎名の手と診察室の床をたっぷり汚した。
「あぁ……、はぁっ……、うぅっ……」
不妊治療と称しておこなわれる凌辱行為に、女性は二度目のアクメを果たした。出産を経験していてもこれほどの感度と締まりを備えているとは、名器としか言いようがない。
気分はどうですか、気持ちいいですか、と椎名は意地悪な質問をした。快感の余韻の中で呼吸をととのえる女性は、「変な気持ちです」と恍惚の表情で答えた。
「治療に満足できましたか?」
椎名は膣から指を引き抜いた。痙攣はおさまりつつあるが、患者の局部はみずみずしい果実を思わせるほど汁を滴らせている。まるで熟れた果肉だ。
「物足りないようですね。わかりました。それでは次のステージに進みましょう」
カーテンで仕切られているのをいいことに、椎名は腰のベルトを外し、そこから下半身を露出させた。そしてお互いの性器をしっかり馴染ませ、ぺニスの先端をワギナに挿入しようとした時だった。
「せんせい……」
仕切りの向こうで患者の声がした。椎名は行為を中断し、カーテンに目を凝らす。
「しいなせんせい……」
患者の声色が変化していくのがわかる。
「どうかされましたか?」
椎名は不安になった。まさか媚薬の効き目が切れたのだろうか。
「椎名先生……」
患者の様子が明らかにおかしい。椎名は急いでズボンの中に男根をしまい、邪な気持ちを取り払うようにカーテンを開けた。
しかし、そこにいたのは先ほどの女性患者ではなかった。両目の下に小さなほくろがある。その特徴と面立ちを忘れるはずがない、内診台に乗っているのは高崎恵麻だった。椎名はひっくり返りそうなほど仰天した。
「椎名先生」
「は、はい……」
「私にこんな格好をさせておいて、風邪でも引いたらどうするんですか?」
一体これはどういうことだ。椎名には何が何だかさっぱりわからない。再会できた嬉しい気持ちよりも、恥辱を味わわせた申し訳ない気持ちが椎名を正気に戻す。
「これには色々と事情が……」
「事情って何ですか。女の子の体を触りたいだけですよね。違いますか?」
「それが、僕にもよくわからないんだ。ある日突然、女性の患者がたくさん来るようになったことまでは記憶があるんだけど、気がついたらこうなってた。あとは見ての通りだよ……」
「そんなの、ただの言い訳にしか聞こえませんけど。自分の欲求を満たすために女性患者の体をもてあそぶなんて、見損ないました」
「高崎さん……」
椎名は、取り返しのつかない罪を犯してしまったことにようやく気づいた。すべて恵麻の言う通りだった。記憶がどうとか言い逃れしている場合ではない。
「もう、いいです……」
恵麻の声は潤んでいた。泣いているのか、と椎名は彼女の顔色をうかがった。絶望の涙が白い頬をつたい落ちている。
「先生の精子を授かることができるなら、喜んで卵子を差し出します。お好きなように私を犯してください……」
「……」
椎名は絶句した。膝から崩れ落ち、がっくりと項垂れた。一体どこで道を踏み外してしまったのか、どうすれば白衣の天使はふたたび微笑んでくれるのか、光の差すほうへ手を伸ばしてもそこに救いはなかった。
「お取り込み中、申し訳ありません」
診察室のドアのほうから声がする。椎名がそちらを振り向くと、注射器を持った新山夕姫が不適な笑みを浮かべて立っていた。窮屈そうな白衣からは胸の谷間がのぞいている。
「待合室に患者が溢れて大変なんです。先生、治療を急いでください」
そう言って新山夕姫は椎名のそばまで歩み寄り、無言で唇を重ねると、死角から注射器を振り下ろして椎名の腕に針を刺した。
「うっ!」
注射器の中身が椎名の体内にどくどくと流れ込んでくる。血液よりも熱くて濃いものが全身をめぐり、やがて脳の血管にまで達した時、悪魔のささやきが冷たく耳に吹きかかる。
「さあ、その女に性の裁きを」
ふたたび理性を乗っ取られた椎名は自分の意思とは関係なく内診台に近づき、患者の下腹部を見下ろした。患者はもう高崎恵麻ではなかった。あれは幻覚だったのだ。
椎名は新山夕姫を振り返った。五感を超越したテレパシーのようなものを感じる。そして先を促すように新山夕姫が顎を引くと、彼女の手駒と化した椎名は無防備な女性患者の腰を引き寄せ、紅色に割れた神秘の部分に己の生殖器をねじ込んだ。