表現。(表わす現在を。魂を。)-1
六弦を掻き鳴らす。
そう
魂の
情熱の
表現。
あいつは気持ちよさそうにギターを抱いていた。
生きることそのものだった。
メロディもテクも並だなんて言われているけど、
私にはあいつの奏でるモノ全てが憧れだった。
言葉なんかじゃ表現できないもの。
生きざま。
わだかまりや壁やその他の障害を打ち破る力強さ。
不器用なあいつが発する旋律が心地よかった。
嫉妬に近い憧れだった。
私には何もない。
得意とするもの
頼りとするもの
何もなかった。
だけど、私の魂は叫んでいる。
暴れだしたいと。
この広い世界を体感し、
私の存在を知らしめたいと。
気付いてほしいと叫んでいる。
あいつならギターをツールにして軽がると私のこの欲望を満たしてくれるだろう。
誰かの魂の声を聞く度に唇を噛んだ。
私にはその述がない。
世界はそんなことを無視して廻り続ける。
きっと私も足元の蟲も同じくらいの存在価値しかないだろう。
ボクサーのあの人。
普段は優しい人。
何かに飢えてる人。
初めて試合を見に行った。
私は泣いてしまった。
嬉しかったから?
そうじゃない。
悔しかったからだ。
あの人は拳で魂の叫びを表現している。
ワンツーワンツー。
激しく攻め立てる。
拳に全神経を混めて相手にぶつける。
リング上では最もシンプルな意志疎通をしている。
言葉のない空間。
痛みと肌を焼く摩擦が全てを伝えていた。
あの人の飢えはここで満たされているんだと痛いくらい感じた。
飛び散る汗も
軽やかな脚捌きも。
唸る拳も。
全てがあの人の拡声器になっていた。
私には何もなかった。
この涙は敗北宣言か?
この世界に生まれ墜ちたのに。
ここにいることを誰も気にも留めないだろう。
このまま、魂の声は擦れ消え逝くのだろう。
ため息をつく。
私は何だ?
満たされない。
満たされるわけがなかった。
何もしない限り何も伝わらない。
だから私は筆を取り必死になって書き殴った。
小説家気取りで書き散らした。
筆先から世界が広がる。
その世界へ前のめりに転がり込んでいった。