お満の特別稽古 準備編-3
「あーあ、可笑しかったあ〜」
ようやく笑いの収まったお満は、笑い涙を拭いながら項垂れる瓶之真を見下ろして言った。
「せんせー、もういいですよ。お満は大丈夫でございまする」
「?」
お満のその声色に瓶之真は違和感を覚えた。これまで以上に尊敬する雰囲気がその調子に感じ取れたのだ。
「本当にせんせーは、親切なんですね」
「んっ?んっ?」
「お満の緊張をほぐすために、鼻血まで流す演出をしていただいてありがとうございまする」
お満はその場に平伏し、頭を床に付けた。
「へっ?」
わけがわからなかった瓶之真だったが、それも一瞬のこと。機を観ることに長けた勝負師は自身の威厳が復活したことを覚った。
「ワ、ワカッタノカお満!師ノ演出ガ!」
「だからそれはもういいですってばあ。お満はそこまで頭は軽くありませぬ。せんせーのお心遣いは痛いほどわかりまする」
「さ、さすが我が弟子である(頭が軽くて良かった〜)」
「ですがもうそんなお心遣いは無用です。どんなことにも耐えまするので、遠慮することなくお稽古を付けて下さいませ」
(どんなことでも…)
お満の言葉に、瓶之真は自身の不遇の時代が去った事を感じた。あくまでも瓶之真が感じただけだが…。
「コ、コホン。あ゛あ、あ〜、な、ならばお満、本格的に稽古を始めるぞ」
瓶之真は咳払いで声の調子を整えた。
「あい、よろしくお願いいたしまする」
お満はペコリと頭を下げると、そのお満のつむじを見ながら瓶之真はニヤリと微笑んだ。
「されどお満。お家再興のためには時を掛けてはおられぬ。そこで師は特別に考案した稽古を付けてつかわすぞ」
「うわあ、ありがとうございまする」
お家再興のために力を貸してくれる師の気遣いに、お満の顔が嬉しさのあまりにパァッと輝いた。
「うっ…、お、お満…」
邪念の無いお満のキラキラした目で見つめられて、瓶之真の心に罪悪感が沸き上がった。
(な、なれど…)
お満の胸の膨らみに目を移した瓶之真は心を鬼にした。
「い、今のそなたは隙だらけである。わかるなお満!」
「あい!今のお満は隙だらけでごさいまする」
お満が素直に頷くのを見た瓶之真は気をよくして続けた。
「先ずは剣の素人であるそなたに必要なのは、五感を鍛えて隙を無くす事なるぞ」
「あい!お満はお稽古をして五感を鍛えとうごさいまする」
「ならばこれより女の恥じらいを忘れよ」
「あい!お満はお稽古のために女の恥じらいを忘れまする」
畳みかけられるまま元気よく返したが、天然のお満には瓶之真の言葉の裏に気付く事はできなかった。
「へ、返事したね、確かに『あい!』って言ったね、約束だよ、守ってくれなくちゃやだよ、ねっ、ねっ、絶対だよ」
言質を捉えた瓶之真は迫るように念を押した。
「えっ?」
さすがのお満も、くどいくらいに念を押し続ける瓶之真の様子に戸惑ってしまった。