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天井の金魚
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天井の金魚-1

「どうして辞めるんだ?」

酒井は、解り切った事を問う。普段の仕事を見ていれば、男の苦悩などすぐに解ったからだ。

「自分は、警察には向きません」
「そんな奴は山程居る」
喫煙所で煙草をふかしながら、酒井は思う。

今この時でさえ、誰かは被害者になり、被害に遭い、被害に遭い続け、助けを求めている。そして警察はその人々の殆どを救えない。救わない。解っている。そんな事は痛い程に。

ただその解り切った事が耐えられない人間や、段々耐えられなくなって行く人間も居るのだ。

目の前でうなだれるこの男もそうだったという、ただそれだけ。

「酒井さん。俺ね、あの子をよく見掛けたんですよ」
「ああ」
「お巡りさんこんにちは、って。笑って挨拶してくれた。良い子でした」
「ああ」

男は肩を震わせた。
がたがたと音がしそうだった。

「優しかった。だから、車が動かなくて困ってそうな男達に近付いたんです」

ぼろぼろと涙を流して、拳を握り、掌に爪を食い込ませて男は云う。

「ちゃんと聞けば良かったのに。住民の話も、両親の話も、目撃者の話も。そうしたら死ななかったのに!そうでしょう!?」

激昂する男を、酒井は見つめる。良い奴だ。当たり前に優しい男だ。だから。

警察には向かない。
何故なら警察の仕事の殆どは、手遅れから始まる仕事なのだから。

「身内を批判するのか?」
「その為に辞めるんです」

唇を震わせ、男は泣き続ける。

「お前が辞めるのは止めないよ。一つの事件、毎日起こる事の一つ。そう思えない人間には耐えられない仕事だ」
「一つって何ですか。あの子の遺体見ましたか。直腸も膣もズタズタだ。体中に傷があって、歯も折られてた。生きてるうちに、目も抉られた。どうしてそんな目に遭った子を、たった一つなんて云えるんだ!」
落ち着けよ、と酒井は云う。

「確かに惨いよ。だけど、起きちまった。犯人達は捕まった。あと何が出来る?」
「弁護士の云い分聞きましたか?死んだのは、あの子が逃げなかったからだって。不用意に話しかけたからだって。信じられますか?」
「仕事を全うしているんだろ。弁護のしようがないんだよ」

どうあがいても実刑は免れないだろうからな―――酒井は云う。

「当たり前ですよ。酒井さん、俺苦しいんです。助けられたかも知れないのに。救えたかも知れないのに」
「無理だよ。救えない人間は居るんだ。お前が知らないだけで、苦しんでる人間は数え切れない程居る。全員は救えない」

酒井が云うと、男は睨んだ。


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