天井の金魚-4
何故だろう―――。何故死ぬより苦しい思いをする人間が居る一方で、金にも人にも容姿にも恵まれた人間が居るのだろう。それを考えるのを止めたから、酒井はまだ刑事をしていられる。
顔を上げる。谷町と向き合う為に。
「人を救える人間になるように」
「他人を傷付けたら、僕が始末をつけますよ」
夏だと云うのに、谷町は黒いスーツを羽織る。あの日から、谷町はいつも黒い。
「なあ、谷町」
「はい」
「お前、これから良い事ばっかりだと良いな」
悲しげに微笑んで、谷町敏之は喫煙所を出て行った。
酒井は煙草を咥えて、火をつける。
たゆたう紫煙を見ながら、人々を思う。
人は、悪意には勝てない。不幸にも、殆どは勝てない。
警察がいかに失敗をしようと、弁護士がいかに非情な弁護をしようと、別の場所では確かに誰かを救う。
それは確かに真実だ。
それに甘えているのだ―――谷町はそう云うだろう。
酒井は谷町を思う。
谷町が思った、彼女を思う。
涙が滲みそうだったから―――煙草を消して、喫煙所を出る。
「さあ、仕事だ」
今日も酒井を、手遅れが待っている。
せめてあの男には幸せが来るようにと、ひっそりと祈って―――酒井は歩き出した。