知ってしまった父さんの内緒-2
私は文学全集などの、始めの部分のグラビアが好きだ。
小説の初版本、直筆の原稿、創作ノート、日記帳。そんなのを見ているうちに、自分でそんなのを作りたくなった。
ノートも原稿用紙も普通にお手頃ショップで手に入るのだけど、私はこの紙やさんにならんでる物に惚れてしまった。
荘厳な模様にふち取られた紙表紙のノート。クロス装や布装の、固い表紙の上製ノート。活版で刷ったような鮮やかな罫線の原稿用紙。
そしてそれに字を書くための、インクを吸いあげる方式の万年筆。
私は自分の本棚を、そんな自分の手で綴った文書で埋めたくなったんだ……。
「魔法鉛筆、あるかな?」
父さんの一言に、私はハッとした。
「何本いるのん?」
「五本ほしいな。」
「半端やから六本にしといてくれ。」
「やるな、きみ……商売上手やのぅ。」
男のひとは少し店の奥をのぞいて、その鉛筆を持ってきた。
「この鉛筆がいる、言うことは」男のひとはレジを操作しながら言った。「キミもまだ書いとるんやな。」
「ああ、」父さんが答えた。「やめる気がせえへんな。」
「かなりの量になっとるやろ…… ちょっとは公開したら?」
「今さら文章の世界に割り込まれへんやろ。ま『遺稿』にはせえへんからな。」
父さんと私は紙やさんをあとにして、家に向かった。
暗い道で父さんに聞いた。
「『魔法鉛筆』って何やのん?」
「うん……見た目普通の鉛筆やねんけど、鉛筆で書いた字がインクになっていくねん。」
「インクになるのん?」
「うん。書いたときは消しゴムで消せる灰色の字やねんけど、空気中の湿気を吸うと消されへん青いインクの字になるんや。」
「それで、魔法鉛筆……」
「まあ、完全にインクになるまで二年くらいかかるんやけどな。」
「な、なかなか気の長い……」
(で、父さんそれで何書いとるん?)とは聞けなかった。
父さんが何か書いてるなんてこと知らなかったし、そこに私がふみこんでいくことは出来なかったし。
そして、私自身が「何書いてるの?」と聞かれるのがイヤなほうだったし。
ただ、私はひそかに妄想していた。
父さんの部屋のどこかで、魔法にかかったたくさんの青い字たちが、誰かに開かれる時を待っているのを……