家族。他人。演技。-1
装う。
って言葉いつから憶えたんだろう。
ぼくは演じる「より良き子供」を。
模範となるべく傷つかず済むように。
両親の喧嘩は耐えることがなかった。
目覚ましの代わりに母のヒステリックな喚き声。
父の怒号。
お互い許し合えたら、許し合えたらこんな他愛もない争いもなかったのだろう。
幼心にも人間の醜さと
大人になることの恐さ
愚かさを身に染みて体感してきた。
そして一番嫌なのはこれ。「母の涙」
胸がへし折れそうになる。
いつからかぶつかり合わないこと、自分を曲げて生きることが、平穏を得る最良の手段だと思い始めた。
だから
演じる。
面白みのない子。
よく親に言われるフレーズだ。
あなた方に言われたくないよ。
心の中でぼくの叫びがこだました。
自分を騙すことで楽になれるなら、芯などなくていい。
キッチンについているノレンみたいにヘニョヘニョでいいと信じていた。
自分の輪郭が掴めない。
ある日の夜。
またいつもの争いに巻き込まれた。
今日はいつもと違った。
母の呼吸が粗くなり、
突然。
母は息苦しそうに倒れた。
父はそっぽを向いたままだ。
救急車を呼ぶ。
この一大事に冷静な電話の声。
もどかしい説明にイライラしだした。
そんなことより早く来て助けてくれ!
演じてきた模範的なぼくにはこの現状をどうにかするだけの力はなかった。
ただ待つことしかなかった。
道路に出て待っている。
ちっとも来やしない。
来る気配さえないから。
そんなあせりの中、頭を過ったのは
父への激しい怒りと、
結局他人同士が繕った家族は何処までいっても
他人同士なのだなと。
血よりも濃い絆はありえない。
これがこの時身に染みたぼくの答えとなった。
ようやくサイレンに紅く光る車が到着。
母が担ぎこまれ、ぼくも付き添う。
頼みはこの人たちだけだ。
病院につき、
母の呼吸も落ち着いてきた。
興奮状態からの過呼吸。
念のために採血して検査してもらう。
待合室でポツンと待つ。
神さま、お母さんが無事に元気になりますように!
祈ることしかできなかった。
30分は長かった。
母がフラフラしながら歩いてきた。