異次元メトロは戦時中-1
1
六角形のクラシカルなエレベーターは地表へと続いている。
メトロの地下世界の地上には、歴史の果ての世界がある。
紺碧の空と廃墟と荒野の大地が広がっているのだ。
「っと。外に出るのも、久しぶりだな」
駅員服の鵺(ぬえ)は、散弾銃を模した魔法銃を携えて外に出る。
水母天使駅の地表部分はシェルターの入り口のようなもので、大部分の設備と施設は地下のメトロ異空間に建設されている。あの地下鉄車両は一種の時空移送機なのだ。
真っ白な天使のような、機械人形兵器が翼をはためかせて、遠くの空を舞っている。アノマロカリスもエーテルの空中を泳ぎ回っている。傍で青い猫が走り抜けていったが、その片目にはタンポポの花が咲いていた。
聞きなれた鳴き声がして、金色のコリー犬が三本の尾をはためかせている。
「伝令、ご苦労。ちょっと待て」
鵺は味方駅の伝令犬から書簡を受け取って、小さなバケツの水を与え、犬用ガムを噛んでしばし待たせた。
その有様は監視カメラで地下から味方に見守られている。
昨日までに水母天使駅の情報室に分割転送された暗号データの秘密情報資料の、補完データ・復号コードの一部のようだ。敵対・非友好勢力による傍受・盗聴のリスクに鑑みて、別の方法で復号コードなどを送ることにしたらしい。
なぜなら彼らは「超時空のラグナロク大戦争中」なので。
鵺は急にメモを読むのを止め、散弾銃を小脇に支えて発射する。
強烈なビームが蜂の巣に貫いた先には、敵対時間線勢力の海老人間の破壊工作員。
「おい、退避っ!」
伝令犬に促して階段口に入る。
後から犬が飛び込むや、扉とシャッターを閉める。
備えつけの施設内有線で、水母天使駅のコントロールセンターに連絡する。
「おい、レーダーは?」
(近隣で未識別反応が十七つ。鵺さんが今倒したのとは別に、です)
鵺は伝令の、金色のコリー犬を一瞥する。
「つけられたな、お前。とりあえず迎撃するから、ちょっとコレ届けて来い」
ミラクルな伝令犬は少し申し訳なさげな顔をする。それでも差し戻された伝令文書データを口に咥え、地下への階段を駆け下りていく。まこと、忠義で賢い動物である。
入れ替わりにサブマシンガンを持った迷彩戦闘服のタスマニアンデビルが駆け上がってくる。そのすぐ後ろから駅員の格好のまま、灰色熊が対戦車バズーカ片手に顔を出す。
「敵の大型車両が二つ、こちらに急速に向かってきています!」
地表シェルターの脇口から三人が転がり出る。
監視塔からは遠距離ライフル射撃のレーザービームが、飛来する軍用アノマロカリスや天使人形機械兵器を牽制しているようだった。
「よっぽどこっちの観測データが欲しいらしいな」
「ええ、奴らはウチみたいにD28空間エリアで、高性能観測衛星を持ってませんし、あいつらの観測データの穴を埋めて、裏づけが欲しくてしょうがないんでしょう」
「それをさせたら、こっちの203時間線の防衛ラインが崩壊しちまうぞ! 拠点確保の強襲作戦が済むまで、どうにかして持ちこたえないと!」
怒鳴りあいながら展開する防衛チームの隊員たち(一騎当千の猛者である)。
もうアチコチには、爆撃の破壊音と閃光が迸っている。爆撃されているのだ。
2
地下施設ではネメシス号が戦闘モードで、メトロ異空間に緊急発進する。
十五分以内に戦術目標の設備を破壊し、係争中の拠点の一つを電撃制圧するために。コアラはSWAT戦闘服を着込み、アサルトライフルで屋根の上に陣取っていた。
異次元メトロでは、人間の「駅」(拠点グループ)同士での抗争も、日常的である。あの暗黒司祭などと同様、グループによって事業や思想に差異があり、異次元侵略者と戦う以外に人間同士での対立と揉め事が絶えない。