過去から彼女(最終話)-7
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不自然なまでに人気の全くない地下鉄のプラットフォームで、捕まった青少年と怒りと嫉妬に狂う少女が対峙している。
正座させられた玲は、とっくに目の周りに小さな拳で殴られた痣をつくっている。
そのどまん前で腕組みして仁王立ちしているのは、セーラー服の皐月だった。
「あの人、何処の誰よ?」
ぷくっと膨れっ面で問いただす皐月の目にはまだ険がある。
ある日、玲の家に遊びに行ったら、見知らぬ同年代の女と「真っ最中」だった。
そのことで問い糺そうとしても逃げ回り、ようやくにこのプラットフォームでトッ捕まえたのである。女の方は誰も乗ってない地下鉄車両で逃げてしまったけれども、いずれは対決する機会もあることだろう。
(もしかしたら母さんより怖いかも)
玲は三歳年下の少女の、夜叉にも似た女の暗黒面の本性に慄然たる思いだった。怒らせたら女でも怖いだろうとは思っていたが、ここまでの凶暴性や威圧感は全くの想定外だったので、それだけでも玲は面食らってしまっているのが本音だった。
「なんか「サエさん」に似てた気がするけれど、親戚か何かなの?」
皐月だって、玲が子供の頃からお世話になっていたらしい「サエさん」と、最近になって何かあったらしいことは女の勘で薄々には察してはいた。年代が違うこともあって、そこはあえて寛大にも大目に見ていたのだけれども、同年代の競合者となると流石に話が違ってくる。
「あの人は。過去の世界のサエさんで」
その「ふざけた返事」に皐月はさらに柳眉を逆立てた。
「なによ、それ?」
「この地下鉄は普通じゃなくって、超常現象って言うか」
そんな話、皐月に簡単に信じられるわけもない。
「しゃらっぷ!(黙れ)」
廻し蹴りのスニーカーが玲の側頭部を撫でて、棒きれのように横にブッ倒れる。
刹那の視界に刻まれた残像、皐月のパンティは天上の純白でリボン付きだった。
それでも皐月は改めて周囲を見回し、異様なまでに人影皆無の地下鉄が普通ではないことにようやく気がついた様子ではあった。
「この地下鉄って?」
「だから言っただろ?」
やや納得したようではあったが、皐月にとって大事なのはそこではない。
「それで、何か私に言うことは?」
ひっくり返った玲の顔を、立ったままかがんで覗き込む皐月。
少し怒ったような、拗ねたような調子が、怖いながらに可愛らしくもある。
玲は正直に答えた。それは挑戦的態度の発言だったかもしれないが。
「おい、パンツ見えたぞ」
「は?」
不審そうに顔を顰める皐月に玲はニヤッと笑った。
皐月は口をへの字に曲げて、不満と蔑みのこもった眼差しを投げ下ろす。
「バッカじゃない? そんなことしか頭にないの、ヘンタイっ! 玲さんって、あの女のせいで急にバカになったの? Hなことがそんなにいいの?」
「ぐ」
黙りこんだ玲の股間に目を走らせて、皐月は顔色を変える。
そこはモッコリと押し上げられて膨らんでいる。
(うわ、男の人って、どうして? 玲さんまで)
皐月は諦めと驚きの顔で頬を紅潮させている。
やがて彼女は意を決したように両手を自分のスカートの中に突っ込んだ。
そのまま白い柔布を脱ぎ下し、玲の顔に両手で広げて被せてくる。その瞬間、玲はパンティの船底部分の汚れまで見え、顔全体に甘酸っぱい処女の香りと汗と尿の生々しい体臭が覆いかぶさってきた。
玲は真っ白にピンクの視界の中で、自分が躾けられつつあるのを漠然と感じる。
「こんなの、メチャクチャ恥ずかしいんだからっ!」
皐月は真剣な顔で真っ赤になったままで、鞄から入れっぱなしだったであろう体操着のジャージ下を取り出して、さっさと身につけている。いくらスカートがあってもノーパンでは落ち着かないのだろう。
勇気を振り絞った処女の皐月は喉声を震わせて玲に告げる。
「それ「予約券」の替わりにあげるから。だから他の女の子のことなんて!」
切なげな鋭さで睨みつける眦には少しだけ涙が浮かんでいた。
(「母の親友、過去からの彼女」完)