母として、友として許す!-2
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「ねえ、サエさん」
「なに?」
「孕んじゃいなよ、アイツの子」
突然に転がり出たアヤの衝撃の発言に、サエは目が点になる。
けれどもアヤはにわかに真面目な顔になって向き直るのだった。
「サエさんだって、子供欲しいでしょ? 今だったらまだ、一人くらい余裕で産めるでしょ? 手頃な相手がいないんだったら、もうアイツの種でもいいんじゃない?
そりゃ、結婚までは別としても、認知させてシングルで育てる分には良いでしょ? 私、アイツの母親としても子供のババアとしても、許可するし協力もするけど? でも、まだ「おばあちゃん」なんて呼ばれるのは勘弁だけど」
「え、あ、でも。それって。それだと」
あまりに急な話の展開に、サエは頭がついていかない様子だった。
せいぜい「筆下し」をするくらいにしか考えていなかったのだから仕方がない。空想やファンタジックな願望がなかったとまでは言わないが、まさか親子ほど年の違う玲の子供を本気で妊娠する可能性までは、あまり真剣に考えていなかったのだ。少なくとも「それ」目的であんなことをしたわけではなかった。
しかしアヤは怯むでもなく、真正面から親友で義理の姉でもあるサエの顔を見つめた。
「それか、お兄ちゃんの冷凍精子、昔に面白半分でサンプリングしたのもあるの話したけど、前に「勝手にそんな風に使ったら悪い」とか言ってたでしょ? なんだったら、そっちでもいいし。私、お兄ちゃんや玲とサエさんの子供だったら、喜んで一緒に育てるよ」
このアヤという女は実に良い性格をしている。見た目は上品で繊細そうなくせに、目的のためなら手段を選ばないマキャベリストみたいなところがある。しかも悪人というわけでもなく、女性的な好悪の感情が行動のベースなので予測不能で余計に始末に終えない。
「だけど、だけど、さ」
サエは目を伏せて言葉を濁す。
するとアヤは、ほんの少しだけ怒ったような目になった。
「それか、私の同僚とか知り合いで、また良さげな独身男でも紹介しよっか? サエさんだったら、女房に欲しがる男はいくらでもいると思う。サエさんは、ビビって臆病になってるから」
ちょっとだけ叱るような調子になっているのは、本心からの気遣いなのだろう。
それから少しだけ間を置いてから、アヤは静かな声で肝心の気持ちを付け加えた。
「私も、玲も、ずっとサエさんのお陰で、これまでどんだけ助かって救われたかわからない。だけどサエさんだけ、ずっと昔のこと引きずってて、見てて辛いのよ。サエさんがそうやって最後まで女の人生捨てて諦めてくようなのって、私イヤだもの」
おそらくずっと考えていたことなのだろう。アヤは口調に淀みがなかった。
そして黙りこんだサエにアヤはキスを重ね、手馴れたやり方で恒例のソファベッドにそのまま押し倒していた。二人がチラリと一瞥した書斎のドアの隙間からは、大学への初登校帰りの玲が、驚き興奮した面差しで、これまでの会話と牝同士の蜜事の始まりを見守ってたじろいでいるのだった。
玲の足音と気配が遠ざかっていく。彼なりに遠慮や自粛したのだろう。
「あの子も、成長したのかしらね。余裕や配慮ってのを覚えたのかしら?」
そんなアヤの何気ない呟きに、押し倒されたままのサエは「かもしれないわね」と囁き返す。
そうして二人の女はソファで抱き合ったまま、クツクツと笑いあうのだった。