オーバーマインド(完)-1
1
虹色に月の砂に一週間かけてボーリング作業しているとき、アイザックは懐かしい声が聞こえていた。やがては姿までが見え始め、カーヴァーなども様子の変化を察していた。
かつて宇宙船イシムラで、初めてネクロモーフの脅威に遭遇したとき、ついに救えなかった婚約者のニコールが話しかけ、手招きしているのだという。アイザックは以前にも同様の経験をしたことがあるようだが、どうやらニコールの魂は「月」(のネットワーク)にとりこまれているのだと彼は言う。
「オイオイ、大丈夫か?」
カーヴァーも最初はてっきり、アイザックがノイローゼになったのだとでも思ったものだった。だが作業があらかた終わって、最後に彼が姿を消す直前にその場のチームのほとんど全員が見た。
アイザックが、なんと宇宙服を着ていない女性と並んで何か話しているのを。それから二人は手を振って、かき消すように消えてしまった。
宇宙船の脇の簡易基地テント・ブロックのメッセージボードには、アイザックと、作業チームの誰のものでもない筆跡で「俺たちはずっと月で待っている」「みんな、私たちをお祝いに来てくれてありがとう」などと書き残されていた。
2
大昔のSF小説で『幼年期の終わり』なんてのがある。その話では、最後に人類が精神的な存在へと進化を遂げ、一つになってオーバーマインド(宇宙霊魂)と融合するのだ。
今、「月」だの「マーカー」だのは、人間にとってただの危険物で、本質や製作者の意図はともかくとして、ありがた迷惑なだけの代物でしかない。けれども何世代・何十世代か先には、その「地獄」が本当に「新しい最後の希望」になる可能性がないとは言い切れないのかもしれなかった(歪んだり、急ぎすぎない限りは)。
アイザックとニコールはきっとそのときまで、「月で待っている」のだろう。地球の「月」は既にただの地獄の怪物ではなく、「鯨に飲まれたヨナのような」人類の友人・親しい先駆者たちの住処なのだ。
(完)