地球危機-1
1
「戦術核でもダメだったらしいぜ。それで今度は原爆を使ったとか。でも結果は同じ」
カーヴァーが宇宙用のパックコーヒーを飲みながら語るのは、地球上に存在する数個のマーカーのことだ。小型核兵器を使っても、破壊が出来なかったそうだ。それで原爆まで持ち出して、周囲一帯を焼き尽くしたらしい。
だかアイザックは笑って相槌を打つのだった。
「そいつは、その周りのネクロモーフどもには災難だったな」
「まったくだ。最初から火葬されとけばよかったとでも、後悔しただろうさ」
たしかにマーカーは生半可な核兵器ではどうにもならない。
けれどもマーカーの作用による影響で人間の死体が変成したネクロモーフは、通常の銃火器でも破壊は可能なのだ。核爆発で周辺一帯が吹っ飛んだのならば、あらかたが片付いてしまったのではないだろうか。
それでもマーカーの呪われた作用は、近隣が最も著しいとはいえ、効果こそ弱くとも世界全体に波及しているのであるらしい。しかも一部の国々はユニトロジーの歪んだカルト思想に染まっていて、マーカー周辺の核による掃討を拒んでいるのだという。
そしてネクロモーフ化には、新しい死体が最適なのである。完全に腐敗し切って壊れていたり、灰になっていたりすれば、それはもはや「物」と変わらないのだろう。マーカーの変成作用が強烈に働くのは、新鮮な、あるいは保存状態の良い高等生物の亡骸なのだ。
「だから土葬の国では、被害が大きいのか」
「こんなしょうもない文化の違いでも、そういう結果の差が出ることはままあるさ」
それゆえに土葬の文化習慣のある欧米では、墓地からのネクロモーフとなっての復活が一大問題となっているようだった。
逆に日本などでは火葬であるため(仏陀が荼毘にふされた宗教的な前例で、日本などの仏教文化の国では火葬にあまり拒否感がないのだろう)、その方面での被害は比較的に軽く済んだようだ。インドや東南アジアが予想外に被害が軽くすんだのは、同様の事情によるとされる。
それでもまだ欧米では事態に気づくなり、火葬による処理がなされるようになったし、国民も納得した。それに警察や軍が動いたおかげで、それなりに対処はできたようではある。ただ日本や欧米では隠れユニトロジストたちがテロ(特にネクロモーフの移入や拡散)を行って、取締りに追われている事情もあるらしかった。
2
ロシアや東欧諸国では往時の共産体制やそれ以前からの強権・独裁と人命軽視容認などもあって、冷徹に合理的にある程度まで押さえ込みに成功しているそうだ(少なくとも表向きは)。中国などは杜撰さから悲惨なことになっているようだが、現地の政府は躍起になって否定している。また、敵対国・第三国にネクロモーフを密かに送りつけて混乱を煽っている節もあり、国際政治上の紛糾を招いているようでもあった。
悲劇的だったのは中東のイスラム諸国などで、強固な宗教的な信念と慣習から、遺体の火葬や解体や損壊が否定されたため、それが裏目に出て大惨事を招いている。ようやく火葬や死体の破壊に踏み切っても、これまでの発生したネクロモーフや、その被害者による増殖があったため、四苦八苦になっているのだという。
およそのアフリカや南米の途上国などではだいたいが良くない具合で、武器の供与を受けてもネクロモーフだけではない。犯罪組織の跋扈や部族対立までが絡んだ、多くは内戦に近い状態で、日々が命の瀬戸際になっているらしい。
「酷い有様だ。人間がバカだってのが、よくわかる」
冷淡な口調で顔を顰めるアイザックに、カーヴァー軍曹は泣きそうな顔をしていた。
「俺が、俺たちがあいつらを! 糞ったれたユニトロジストどもをさっさと軍隊でもなんでも、手段選ばず皆殺しにしておけば、こんなことには」
今度の人類存亡危機の発端の引き金を引いたのはユニトロジストなのだし、そいつらはまだ世界中で性懲りもなく、暴れまわって被害を拡大させているのだった。間違った人道主義と歪んだリベラル思想やカルト宗教が、惨劇をもたらしたのである。軍人であるカーヴァーからすればきっとやりきれない気分なのだろう。
アイザックは溜め息して、男泣きしているカーヴァー軍曹の背中を励ますように叩いた。
「これからそうなるさ。さあ、降下地点を決めよう。次の周回で、やっとこさ地球に帰るんだからな。「月」への対抗策を、地球の皆で考えないと。力をあわせりゃなんとか」
ひとまずの降下先は、アメリカの南部で意見が一致した。大きな宇宙センターや軍事施設があるだけに「月」などへの対応をやりやすいだろう。日本も考慮されたが、言語の違いや核などの大規模破壊兵器が足りない。ロシアでは国際的な政治工作・闘争に踊らされるリスクも高く、ヨーロッパは個々の国の利害調整と生存戦略で手一杯ときている。
はたして有効な手立てがあるかどうかもわからなかったが、それでも成算は高い方が良い。小型宇宙船はコンピュータの計算と指示で、北米南部に向けて大気圏に突入する。