帰ってもなお-1
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「ああ、なんてこった!」
小型宇宙船の窓からの忌むべき光景に二人の男は声を揃えて頭を抱えた。
目覚めた地球の「月」は明らかに様相を変じてしまっていた。それは宇宙の彼方から聞こえてくる、同類の別の月からの信号で、生命活動を開始したのだろう。この分では地上がとっくにネクロモーフの闊歩する地獄絵図と化していることは、想像に難くない。
「おい、どうするよ?」
「どうするったって」
アイザックとカーヴァーはこわばった、「もう笑うしかない」という、なんともいえない表情で顔を見合わせた。それでもアイザックはゴマ白髪の頭を掻きながら、どうにか考えを巡らせた。
「とりあえず、地球でまだ活動している国とか、国際団体とかはないのか? 無線信号はどうなっている? どこかしら着陸できる場所を探さないと」
「着陸したところでどうなるものか」
そんなふうに呟きながらも、傷顔の強面のカーヴァーは、宇宙船の無線受信装置で、地球からの通信を拾おうとする。
それから勇士カーヴァーは僅かに顔をほころばせる。
「まだ、生きて戦っている連中はいるようだな。まだ希望はあるかもしれんぞ」
「……警告は間に合わなかったが、最後の戦いにだけは間に合ったみたいだな」
「オイオイ、「最後の」なんて、縁起が悪いぜ。それよりアイザック、エリーを探すだろ?」
彼らが囁きあう「最後」とは、万事解決の明るい意味ではない。地球の最後、この戦いを最後の抵抗として滅亡することを暗示している。ただそれでも、宇宙の彼方で無意味に朽ち果てるより、まだ参戦できることはせめてもの慰めなのかもしれない。
そしてエリーはアイザックと一時交際もしていた、協力者の勝気な女性で、直前の別の「月」との最終決戦の前に、先に脱出させたのだった。それは私情だけでなく、マーカーや月の脅威と危険性を地球に伝える目的でもある。
アイザックは少し考えて「いや」と頭を左右に振った。
「何故?」
「エリーを見つけても、地球が滅んだら何もかもお仕舞いだ。俺の自己満足のために最後の希望を潰すわけにいかないだろ?」
「しかし」
「会えるさ。俺たちが諦めずに戦う限りは」
口ごもるカーヴァーの考えていることは良くわかる。彼は優秀な軍人だったが、それで家庭を犠牲にしたことを、今でも内心に悔いているのだった(真面目な仕事人間の陥りがちな陥穽であった)。だから他人の家庭だの恋仲だのには、案外に情に脆い面がある。
けれどもアイザックとしては、エリーの性格は良く知っている。もしも生きているならば、必ず地球防衛の抵抗陣営のどこかに参加するはずだし(黙って大人しく殺されるような性格ではない)、彼らが同じ目的で行動している限り、見つけて再開するチャンスはあるだろう。それに彼女なら、感傷的になって破滅を諦観すれば、かえって怒るかもしれない。
「このまま、地球を周回しよう。自転を逆送すれば、速度からして一周するのにも半日も懸からないだろう。降りる場所は考えなくちゃいけないし、状況を把握して合理的に行動しないと。ただの犬死になりかねんからな」
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そこでアイザックは、資材や武器のチェックのために、小型宇宙船の内部を漁って調べることにする。カーヴァーは地球表面からのシグナルを拾いながら、保持しているマーカーや月、もちろんネクロモーフのデータなどを、デジタル化して地球上に送信し続ける。
おそらく一日か二日のうちに、降下する事になるのだろうが、気は重い。
「あんなもん、どうすりゃいいんだ?」
これがネクロモーフだけならば、まだ何とかなる。たとえ不死身に近いゾンビを超えるような化け物であっても、バラバラに破壊して活動できなくすることは可能だし(現にアイザックやカーヴァーはそうやって生き残ってきたのだ)、最後はまとめて焼却(コンテナに詰めて太陽に投げ込んでもよい)すれば良かった。
けれども最大の難題は、やはり窓から横目で睨んだ「月」のことだ(まだ「収束」は起きていないようだが、おそらくは半覚醒状態だろう)。たとえありったけの水爆・核爆弾を打ち込んでも、表面を焼くのが関の山で、あの質量を丸ごと破壊しつくせるものではない。
あの宇宙の果てでの戦いでは宇宙人の遺跡の巨大装置(軍事基地や小さな町くらいのサイズの)があったが、ここにはそんな便利なものはない。まこと、頭の痛い話だった。