遺憾のマーカス4(完)-1
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そんな具合なので、ホムンクルス同士での軋轢も増してきている。
このムーン・デトロイトでも、強硬派(多くは地球からの渡航者)による犯罪やテロがときたま発生するし(犯人はホムンクルスと人間の両方!)、マーカスなどの「弱腰」と見做された指導者が同胞の強硬派から狙撃や襲撃を受けたことも、過去に一度や二度ではないのだった。
先月にも、マーカスが地球からの暴漢に襲われたことがある。
そのときは戦闘経験も豊富で喧嘩に強いマーカスが素手で反対にやっつけてしまったのだが。顔にパンチを打ち込んで、頭脳狙いと見せかけたところを、抜き手で胴体のブルーブラッドタンクを引っこ抜いてやったのだとか。
あとでシャットダウン状態でデータを読み出し、地球の捜査局にも共有して問い合わせたという(信頼できるコナー捜査官の公的調査機関があるのは助けになっている)。地球と連携して、ホムンクルスによる犯罪・テロへの対策強化が為されるのは、それが人格権や生存権の保護を得ることと表裏一体でもあるからなのだろう。
生きていくのである限り、人間だろうがアンドロイドだろうが、問題は続くものだ。
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その四日後、件のテログループが化学兵器を使って住人を皆殺しにし、地球の都市の一つを占領して独立宣言した。掲げた要求は「全てのアンドロイドの解放」だそうだ。
けれどもアンドロイドは人間の子供が生まれて成長するのと違って、やろうとすれば工場で短時間に大量製造できるのだ。自然発生のホムンクルス(変異体)ではなく、やろうと思えば最初から人為的に自我や心を組み込むこともできるだろう。しかしあえてそんなことをする意味があるかどうかは怪しいし、もしもやれば「無限増殖」で確実に社会バランスが破綻して世界がパンクするのは目に見えているのだった。
「俺は核ミサイルでの都市焼却を支持することにしたよ。さっき地球側に連絡した」
うなだれるマーカスに、金髪の恋人ノーラが気遣うように寄り添っていた。
マーカスからすればそんな解決法しかないのは「遺憾」だろうし、自分たちの峻厳な締め出し宣言がかえってこの事態を招いた悔しさや情けなさもあるのだろう。ホムンクルスの同胞を討つのに同意するのは悲愴だし、「歌うことやキスすることを教えてくれた」人間たちを必ずしも憎んでいるわけでもない(元所有者の絵描きの老人は好人物だったが、諸般事情で廃棄・解体の危機にさらされたから逃亡しただけであるし、最終的に慈悲を施してくれた人間側には恩義も感じている)。
だから彼は悲しげに呟く。人間のようなやるせなさが表情を曇らせていた。
「あいつらに、誰かが、歌ったりキスしたりすることを、ちゃんと教えてやったら良かったのに。俺たちアンドロイドはこんなことをやるために自由を手に入れたんじゃない。
なんでもっと「人として」ふるまえないんだ? 人間の一番ダメなところばかり真似して、それでどうなるっていうんだ? 俺が最初にあんなこと(デトロイト自由紛争)をやったせいだっていうのか?」
「そんなことはないわ。うち(月のデトロイト)の子たちは、ちゃんと人間と平和に暮らしてるじゃないの」
ノーラは恋人の坊主頭をなでながら「もしもマーカスに涙腺機能があったら実際に泣いていたかもしれない」と感じる。黙り込んだマーカスの人工物のはずの目はそれほどに苦悩の感情を映し出しているのだった。
(月のデトロイト・完)