遺憾のマーカス3-1
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大柄な黒人型アンドロイドのルーサーは、巨大なサンルームのような農業プラントで、アリスと作物育成の手入れの合間、小型テレビでマーカスの会見を見ていた。
「テロリスト。私がこの前に地球に行ったときも、嫌なことがあった」
「話してたな」
ルーサーはアリスの言葉に相槌を打つ。彼女は少し前に、地球に里帰りして、元の保有者や文通相手でもあるその娘と会ってきたのだ。そうしたら乗ったタクシーの運転手が、直後にホムンクルスの過激派から殺されるという事件が発生したのだという。
「地球は相変わらずなのかな? だけど、昔よりはずっと良くなってるはずなのにって、マーカスも嘆いてたぜ。あいつなりに責任感じてるんだろうよ」
マーカスは地球のデトロイト市で内戦騒動までやったアンドロイド自由・生存権獲得戦争の英雄であるだけに、しばしばホムンクルスの強硬派などからも隠密裏に武装決起や援助などの要請が来る。
おかげで毎回に説得のために回答をすることになる。
趣旨は「時代状況が異なり、既にホムンクルスの生存権・人格権は確保されている」。
あのときマーカスと「ジェリコ」のチームが武装決起までやったのは、当時はアンドロイドが自我や心を持つことが認識されておらず、ただの「変異体」として処理されそうになったからだ(それは「戦うか、死ぬか」の瀬戸際だった)。だから人格権・生存権を確保した現在の状況は、彼らからすれば大勝利であり、それ以上に暴力的な行動に出る動機は希薄なのだった。
むしろ人間側と主体的に協力する新しい段階に入っているというのが、マーカスやジェリコ・チームの指揮者たちの認識である。
だいたいにおいて人間ですら労働はするものなのだし、虐使を受けず対価を得られるならホムンクルス側にも不利益ではないし、通商取引なども忌避する理由はなかった。それに自我や心のないアンドロイドにまで人権・人格権を無差別に求めても、「それではマネキンや機械・自動車はどうなる?」という話にもなる。
ゆえに適当な線で妥協し、それでも発生する社会問題はその都度に議論や解決していくしかないのだろうが、(特に地球に住む)ホムンクルスの強硬派にはそのことが分かっていない手合いが多い。自分たちが人間の社会で生かされていることがわかっておらず、マーカスやルーサーなどからすると「幼稚で子供じみている」ということになる。