遺憾のマーカス2-1
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ややあって、会見場の記者の一人がおずおずと手を上げる。発言の許可を求めているのだ。
「どうぞ」
穏やかに促されて、その中年の人間の記者が立ち上がり、質問を発した。よたよたした雰囲気から、月面に慣れない地球からの取材だとわかる(多少は重力が調整強化されていても全く地上と同じとは行かない)。
「もしも。隠れて、この月に密航した場合にはどうなりますか?」
従来はホムンクルスが地球で犯罪を犯したり逸脱行動で被害を出したとしても、情状酌量しうる理由がある限りは、そのまま亡命のように暗黙の受け入れが行われることが多かった。それは絶望による破れかぶれな破壊的行動を防ぐための希望であり、自発的追放とも見做される救済措置であったため、人間の側からも大目に見られてきた事情がある。
もちろん記者の言葉の裏には「どうせテロの犯人を隠れて受け入れるんだろう?」という皮肉のニュアンスがある。たとえ密航してきても表向きに伏せておけばわからない。ましてやホムンクルスは顔や体型を改造することも簡単なのだから、やろうと思えばいくらでもごまかしが出来てしまうのだ。
だがマーカスの答えは予想を裏切るものだった。
「その場合には、地球の国家での人間の犯罪者やテロリストと同様に扱われます」
「とおっしゃると?」
「即時の射殺、または死刑ということです」
瞬間的な静寂の後、ヒソヒソ声での雑談が波のように広がる。この方針変更が大事であるということにその場の皆が気づいたのだ。
つまり「今後は犯罪ホムンクルスを助けない(場合が増える)」と言い出したに等しい。
マーカスはどちからといえば無表情だし、あまり演技する方ではない。それでも人間そのままの人工的な面差しに苦渋の表情が浮かんでいるようだった。
「あなたがおっしゃると、その」
記者の疑問はもっともでもある。
なにしろマーカスと初期の「ジェリコ」メンバーは、かつてアンドロイドの自由を勝ち取るために、テロどころか武装蜂起による内戦までやらかした前歴があるのだから。
けれどもマーカスは頭を左右に振った。
「このような事態は、あまりにも度が過ぎた、過激で悪意のある集団による悪質な計画的犯行です。昔と今とでは事情も違う。
彼らには先だって、たとえば密かに近隣の海底都市に移住するような穏便な選択もできたかもしれないのに、あえて攻撃的に人間を傷つけることを選んだ。突発的に追い詰められ、パニックになったのとも隔たりが大きい。あまりにも誤った判断であって「人として」許しがたい。救いの希望が、かえってテロや犯罪を勧めることになるのを、私どもは望んでおりません」
結びの言葉で会見が終わると、記者たちはザワザワと話をしながら会場を出て行った。
これがバタフライ効果のような波乱を呼ぶことは誰もが予感していたのだ。