忖度の価値は-1
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ホテルで見た殺人事件のニュースに、カーラとアリスは青ざめるというより硬直した。ホムンクルスの人造の肌は感情で色を変えることはないが、それでも内心の心境はしばしば挙措に現れるのだ。
「この人、昨日のタクシーの。良い人だったのに」
アリスは口ごもり、不安そうにテレビの画面を見つめている。
ニュースでは眼鏡をかけた知的な雰囲気の女性のコメンテーターが事件の背景を語っていたが、まるで「自分はわかる」「殺されて当然」といった暗黙の感情があるようだった。
「被害者は「人間労働者の雇用を守る会」という、差別的な組織のメンバーで」
「こういうのって、ホムンクルスに雇用を奪われる妬みなんですよねえ」
ひな壇に並んだタレントたちが、もっともらしい顔で話している。
それを見てアリスは「この人たち、いったい人間なの?」と素朴な疑問を漏らし、カーラは顔を顰めて返答に窮した。印になるこめかみのマークLEDがないところを見ると人間で間違いないだろうが、論調が人間側ではない。
ブラックジョークのつもりでわざとやっているのでもない限り、そんな態度を「高踏的」だとでも思って勘違いしているのか、あるいは下層労働者を見下して同じ人間だと思っていないのか。カーラから見てさえ、少し不自然に思えるほどだった。
「嫌なことになったわ」
たしかに一見は人間を守ることを第一の役割とする政府からホムンクルスを擁護しているようだが、かえってホムンクルスへの憎悪を焚きつけるところがある。何かしら隠れた人間側の悪意の示唆でもあるのか、それとも何がしか、想像もつかないような利害関係が絡んでいるのか。一般人である二人のホムンクルスに知る由もないけれど。
アリスは黙り込んだまま、高性能な頭脳をフル回転させているようだった。
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後で知った話。アンドロイド製作会社と人間の支配層が裏で共謀し、人間の下層労働者と扱いの難しいホムンクルスを対立させ、必要なら共食いさせようと画策していたらしい。