ありふれた言葉でも。-1
いつもの準備室で、相川夕香はいつものように滝田慎一郎を見つめながらお菓子をつまんでいる。
これが日常になってしまっている事を教師としてはまずいと感じるけれど、滝田は手放す事が出来ない。
やはりけじめをつける為には自分の気持ちを云うしかない、とは思う。難しいし、その先の苦労を思うと気も沈む。
それでも。
滝田は夕香に側に居て欲しいと思うのだ。
そんな滝田の苦しい思いを知ってか知らずか、夕香は呑気にお菓子を食べている。
「君はよくお菓子を食べるなあ。体に良くないよ」
「量は制限してるよ」
笑って袋の口を縛ると、ぽいと鞄にしまう。
「あっ、今度クッキー焼こう。先生甘いの平気?」
「別に嫌いじゃないけど」
「じゃあ月曜に持って来るね。楽しみにしてて」
にこにこと夕香は笑う。
滝田は、正直嬉しかった。我ながら単純だ、と思う。
「先生の家行けたらご飯も作れるのにね」
「ええッ!?」
思ったより派手に反応してしまい、滝田は赤面する。
今まで、付き合っていた彼女を家に上げた事は何度もあった。
それが滝田の日常だった時期もある。
ただそれは「彼女が来る」のであって、「生徒が来る」のではなかった。
やっぱり、家はまずい。
常識的にもまずい。
「何、そんなにのけぞって」
派手に反応した滝田を見て、夕香は明るく笑う。
「あ、あのな。教師の家に来るなんて、駄目だよ」
「だから、希望じゃん」
そう云うと、夕香は鞄を持って立ち上がった。いつも彼女が帰る時間である。
「仕事頑張ってね、先生。さようなら」
手を振る夕香を見送ってから、滝田は机に突っ伏した。振り回されて、いる。
*
月曜日。楽しみでなかったとは云えない滝田が学校に行くと、夕香は菓子屋と化していた。
囲まれて、中心でクッキーやマドレーヌを配っている。
「美味しいねー」
と、夕香の友達やクラスメイトが口々に云っていた。
「何やってんだ?」
夕香を囲む生徒達に声をかけると、中心に居た彼女が振り向く。
「おはようございます、先生。お菓子たくさん作ったから、配布中」
にこにことそう云う。
手元にあった菓子は全てなくなっていた。
滝田の分は、ない。
「授業中に食べるなよ」
そう注意すると、夕香は頷いた。
だけだった。
少し機嫌が悪くなった事を自覚しながら、職員室に向かう。
冷静に考えるならば、あの場で渡すのもよろしくないだろう。
きっと、放課後持って来るのだ、そうに違いないと自分を鼓舞しながら席に座る。
他の教師が持っている手作りらしいクッキーは相川のじゃない、と必死に自分に云い聞かせる滝田だった。
やはり、振り回されている。