待ち望んだ決闘対決-3
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若かりし日に、もし東洋のカンフー(功夫)やウーシュウ(武術)がオリンピック競技になったら、自分や弟子の代で国際舞台に武勇の覇を競いたいなどと暢気に語らっていた頃を切実に思い出し、希望に満ちた往時の夢と今の現実における破滅の落差こそは真に悲嘆に耐えないのだろう。
はたして彼らの一生涯を懸けた情熱と修行とは何だったのか?
とうとう元の老人の姿に戻ってしまい、慟哭している男泣きは哀れを誘った。
コアラは決闘者たちの悲哀の胸中を察したのか、苦々しげな顔で、決まり悪そうにユーカリを噛み始める。彼自身が(過去に人間だった頃に)非業の運命を辿った経験があるだけに、案外に内心ではいたたまれなかったのかもしれない。
あえて「フン」とそっぽを向くコアラの目には、貰い泣きの涙が少しばかり溜まっていたかもしれない。
サリーナは困ったような、憐れむような目でそんな二人を見ていた。
ちょうどサービスの点心のお盆を持って入ってきたチャイナドレスのカリーナが入ってくる。こちらの相方であるカリーナは母が中国人なのである(中国三千年の暗黒面と酷刑にも通暁していた)。ヒソヒソと言葉を交わし、事情を理解して深く頷く。
「ほら、お爺ちゃんたち」
観客のコアラがぎょっとした顔で口の端からユーカリの葉を落とす。
サリーナは車掌腹を肌蹴てシャツを捲り、出血大サービスで見目良い双のオッパイをプルンと見せ晒していた。雪山のような秀麗な巨乳の頂に、ピンクの桜の花が一輪ずつ咲いている。
チャイナドレスのカリーナも深いスリットのある前垂れスカートをペロリと捲り上げ、挑発的に黒いパンティの腰を蛇行する黄河のうねりのように振って、その美麗の桃尻の上で金の刺繍のドラゴンを昇天的に踊らせた。
ここからが彼女たちの第二の本番、本領発揮。何しろ二人の娘はサキュバスなのだ。
「そんなに泣かないの。お昼ごはん持ってきてくれたから」
「老師タチ、元気出すネ。男ガ泣いたら駄目ヨ」
発音の訛りこそわざとらしかったが、カリーナは母親が中国人であるために、特にチュンリーロンに同情する気持ちもひとしおなのだろうと思われる。それにその友人でライバルでもあるリュウゾーにも憎からぬ感情を抱いていた。
サリーナはペロリと舌なめずりしている。彼女は芯からの淫魔で、淫乱・好色で性格がぶっとんでいるのだった。
二人の老人は呆気に取られていた。だがしかし、ややあって万歳三唱し始める。螺子が飛んだらしい。
「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」
「バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!」
この「万歳」という言葉は中国古典の漢語で、古代の三国志の時代には既にあった言い回しであるらしい。
ともあれ二人の老人は居直りもあってなのか、機嫌を直し落ち着いたようだった。
声を揃えて玉砕的に万歳し続ける。破れかぶれだ。
「オッパーイ! オッパーイ! オッパーイ!」
「オッパーイ! オッパーイ! オッパーイ!」
二人の娘は目顔を見合わせ、男どもの単純なゲンキンさにクスクス笑いあった。
それから二人の老人は「我等、万死に値します」などと並んで土下座する。
照れ隠しだったのかもしれないが、自分たちの世代で各々の国や未来までを無茶苦茶にしてしまった世代の自覚と内心の無念さが、あるいはそういう言動になったものなのだろうか。ちなみに「万死に当たる」とは大陸古代の歴史書(漢書)などでも既にあったようで、臣下が皇帝にへりくだるときなどの言い回しである。