プレゼン-3
美夜は、1人で舞台裏の階段に寄りかかっていた。
「な、んでここに」
やっぱり様子がおかしい。
目が潤み、なんとなく身体に力が入っていない感じだ。
「大丈夫か」
俺は、何気なく尋ねたつもりだった。
「蓮がきくの? してやったりと思ってるんじゃないの?
こんな、仕事中に…そのへんに転がってるマンガみたいに…」
泣きそうだった。
してやったり?
マンガ?
数秒後、たまらなくなった。
3歩の距離を一瞬で詰める。
「風邪引かせたのかと思ったけど、そうじゃなかったわけだ」
自然と頬が緩む。きっと俺は今、意地の悪い顔をしていると思う。
だって、そういう気分だ。
「な、もしかして」
「仕事中に思い出してもらえたなんて、思わなかったな」
「ちが…」
「そうとしか聞こえなかったけど」
色っぽい、といった奴、誰だったっけ。正解だ。
確かに、昨日のことを踏まえてそういう目で見れば、そうにしか見えなかった。
頬は上気していたし、瞳は濡れていたし、唇は誘うように艶かしかった。
引き寄せられるように口付ける。口内をこじ開け、舌をからめて吸う。
「ん…んんぅ」
美夜の身体から力が抜けた。昨日のような抵抗はない。
求められているわけでもないけれど。
息が乱れて来たところで、はっとなって唇を離す。
このまましていたら、暴走してしまいそうだった。
こんな誰に見られるかわからないところで、美夜を抱くわけにはいかない。
つい、と指で美夜の唇をなぞって、衝動を誤魔化す。
「プレゼン終わった後っていう顔じゃないね。いかにもキスして来ましたって感じ」
美夜もまた、我に返ったようだ。
「サイテー、ばか!」
弱々しい罵声がとんできた。
腕を突っ張って、身体を離そうとする美夜を抱き込み、耳元に口を寄せる。
最初の晩に覚えた、美夜が感じる部分のひとつだ。
「なあ、美夜」
「ッ!」
ぴくん、と美夜の背中が跳ねる。
「プレゼン、いつもと違ったけど良かったって、皆褒めてた。
でも肝心の美夜は、昨日のこと考えて上の空だったわけだよな。
…身体、疼いてるんじゃない」
「っ、蓮には、関係ないでしょ。変なこと言わないで、離して!」
美夜が無理矢理腕を押し退ける。
俺も今度は逆らわなかった。
「そう言うならいいよ。俺のせいでもあるし…
いつでも頼ってくれたら、再現してあげるのに」
かーっと美夜が赤くなる。
羞恥というより、これは怒りのほうか。
まずい。煽りすぎたか。
「最低っ、誰が元凶にお願いなんか! 自分でする方がましよ!」
バシッと音を立ててファイルを乱暴に抱え直すと、美夜は足早に出て行った。
しまった。一言多かった。
そのままマイク室に引っ張って、昨日のようになし崩しに抱いてしまおうかと思っていたのだけれど。
だが。
(今、「自分でする方がまし」って言った…な)
ということは。
(やっぱり自分でしたいくらい疼いてるってことか)
うっかりなのか、開き直りなのかはわからないけれど、いずれにせよ素直すぎて、にやけてしまう。
可愛い美夜。
携帯を取り出して、LINEで同期グループのトーク画面を呼び出した。