買い物-2
はい? お代ですか? お代の方は本日は結構です。お客様が商品を使った時に徴収いたしますので。は? 値段はいくらかだって? そういえば申し上げていませんでしたな。ここの商品の代価はお金とは限りません。お客様の『何か』を頂きます。人によっては其れがお金だったり、あるいは恋人だったり……左足一本という方もいらっしゃいました。
おやおや。少々驚かれたようですね。なに、お客様の場合は体の一部ということはないので安心してください。ふうむ、そうですね。お客様の場合は『感情』を頂くことにします。不安でしたら使わなければいいだけですので。何、一生使わなくてもお客様にお持ち頂いて結構ですよ。
あ、それではお帰りになるのですね。またのご利用をお待ちしております。特に、自殺なさる時は是非あのロープを……では。
以上が3年前に起こった大規模なバイオテロで、唯一生き残った男の話だ。
死者、約1万人。町一つが丸々閉鎖され、それは今もまだ解かれていない。
「それでは、貴方があのバイオテロの犯人だと?」
「まあ、そういうことになりますな」
ここは精神病患者が詰め込まれる病院の一室。がりがりにやせ細った男が灰色の壁を見つめ、感情の篭らない口調で私の質問に答えた。
「とても信じられませんが」
「皆さんそう言いますよ。だからこんな病院にいる」
真っ赤に充血した瞳は瞬きすら忘れたかのように、微動だにしない。
「仮に……仮にそれが本当だとすると、貴方は約1万人という人間を殺したことになる。罪悪感はないのですか?」
「別に。人間いつか死ぬのだから、それが少し早まっただけのこと」
首が90度曲がり私の方を見た。男は人間と思えないほど機械的な表情で私を見つめた。まるで蟲のような。
「何より、私は商品の代価を払ってしまったのです。今更なんとも思えないのですよ」
「感情を支払ったということですか? それは貴方の勝手な妄想の話でしょう!」
「おや、矛盾したこと言いますね。その妄想が真実だと仮定して話をしているのですよ?」
男の表情にはさっきから全く変化がない。
この男と話していると気分がどんどん悪くなっていく。今日のところはもう帰ろう。
「また後日伺います。今日はありがとうございました」
私はそう言って病室のドアを開けた。
「また来ても無駄ですよ。私はもういないでしょうから」
男のその言葉は本当だった。私が病室に訪れた翌日、男は首吊り自殺をしたらしい。病室には首を吊ることができるような紐やロープはないし、勿論誰にも持ち込ませていない。それなのに何故か病室にはロープが存在していたという。
私は男が話していた店のことを思い出した。チューインガムから胎児のホルマリン漬けまで販売しているという店。男の話から察するとその店には沢山の人が訪れている。
その店の存在さえ確認できれば真実が見えてくる。存在しなければ、全てあの男の妄想だったということだ。
私はそう思い、パソコンの電源スイッチを押す。パソコンが立ち上がると冷却ファンが勢いよく回り始めた。
まずはインターネットで情報を集めよう。きっと店に行った事がある人がいるはずだ。
私はふとパソコンの横に目をやった。そこには男の遺品が置いてある。身寄りがなかった男の遺品を私が無理やり引き取ったのだ。
男の年齢に反して遺品の数は驚くほど少なかった。歯ブラシ、小説の文庫本、手袋、帽子……そして男の命を重力と協力して奪った物。
それは、艶っぽく黒光りしていて他の何よりも美しかった。
end