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青い薔薇
【SM 官能小説】

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青い薔薇-1

待ち遠しい夜を迎える。やがてあの人はここにやってくる。ほんとうは、あの人から言われた箇所のヴァイオリンの練習をしないといけないのに、ずっとヴァイオリンには触れていない。
ぼくはいつものように窓辺の椅子に座り、慕色に染められた外の憧憬を見ている。部屋の扉が開いたら、ぼくは生まれたままの姿であの人を迎える。そして裸のままヴァイオリンを弾き始める。それはあの人がぼくに望んでいる姿だった。生まれたままの姿で、生まれたままのぼくの中の音を奏でること。発せられる音は、あの人の冷たく美しい視線へのぼくの敬虔な接吻なのだ。

十七歳になったぼくは、あの人がぼくの中に生んだ感傷をかじりながら、青い薔薇の匂いを嗅いだ。薔薇はあの人がぼくの誕生日に贈ってくれたものだった。
薔薇を見ながらあの人を想うとき、ぼくは胸の中に薔薇の棘(とげ)で刺されるような痛みを感じる。いや、痛みというより心臓からなめらかに血が抜かれるような甘い痛みなのだけど、その痛みに恋のような感傷をあの人にいだく。あの人を想うだけで、ぼくの身体の隅々に粘りついてくるようなものは、つかみどころのない透明な生きものようにさえ思える。それはぼくの化身である麗しいアメーバとなって増殖していく。

淡いスタンドライトの灯りに包まれた部屋の窓は、外が暗くなっていくほど透明なガラスからぼくの裸体を映し出す鏡へと変わっていく。鏡の中のぼくは、自分でないぼくなのかもしれない。もしかしたら、すべての自分を消し去ったぼくかもしれない。だからあの人に恋することができる。これまでどんな女性も好きになったことなんてないのに。でも、ぼくは、きっとわがままな人間だと思う。だから、あの人の唇から洩れる優しげな言葉より、叱責される声の方がとても愛おしさを感じる。

初めてあの人に感傷をいだいたときのことは今でも忘れられない。それはあくまでぼくの想像としての感傷だったかもしれない。あのときのぼくの頬に、はっと自分に気づかされるような痛みが走った。あの人の唇の先から曇った音がした。何が起こったのか、最初、ぼくにはわからなかった。それはぼくにとって初めての《きわめて性的な体験》だった。
あの人はぼくの頬を平手で打ち、ぼくの頬に唾を吐いた。とても冷酷に、限りない優しさを込めて。これまで誰にもぶたれたことのないぼくにとっては、生まれて初めての経験だった。
じわりと痛みが滲んだぼくの頬にぬるりとした、粘っこく、生あたたかいあの人の唾液が付着していた。そのときからぼくはあの人を好きになった。それ以来、ずっとあの人を想い続けている。何度となくぼくの頬を平手で打ち、ぼくの顔に唾を吐き、その唾をぼくの唇にあの人の接吻として塗り込んだとしても。

ぼくは全裸であの人の前にひれ伏しただけであの人の気配のすべてを感じとることができる。ぼくの感傷はあの人を吸い込み、あの人を抱きしめることだってできそうな気がした。だから、もしあの人がぼくを痛々しく鞭打ち、ハイヒールを履いた足先で嬲るように頬を踏みにじったとしても、ぼくがいだく気持ちは初々しい恋に変わりはない。彼女が与える痛みは、どんな苦痛であっても、ぼくの心を冴え冴えと弾ませ、煌めかせることができるのだから。
実際には、あの人は鞭を手にしているわけではなく、お手本となるヴァイオリンをぼくに弾いて見せている。美しくしなやかな腕をたわませ、ゆるがせ、波打たせ、弦の音はどこまでも透きとおっている。
曲はバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティ―タ。重音奏法と対位法による華麗な旋律は、永遠に途切れることのない音を奏でる。弦から生み出される音は、ぼくを鞭打つ音に似ている。だからぼくは、あの人がヴァイオリンを弾いているのか、鞭を手にしているのかときどきわからなくなる。胸の中に滲み入る音は、痛みとなり、甘美な痺れとなり、無垢な感情となり、そしてあの人へ捧げる敬虔な純潔となる。



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