裏切りと復讐-1
初めてここに連れてこられておよそ三ヶ月がたった。昼夜問わず仕込みが行われ、冷泉の訪問があるときはそちらが優先された。しかし、今日トシから仕込みの終了を言い渡され、冷泉だけでなくいろんな客をとるようにも言われた。冷泉以外の人に抱かれることに複雑な思いもあったが、運命と受け入れるほかなく余計に冷泉への想いは募っていった。
真里子は成美から遅れること二週間、他の客をとりはじめた。やはり冷泉に籠絡され、いつかここから出られることを希望に一日々々を必死でこなしていた。客からのクレームが入ると、トシによるお仕置きが行われた。成美には一度もなかったが、真里子はしばしばきつい仕込みというお仕置きにあっていた。ふたりが会うことはなく、ときおりトシや化粧室の女性からお互いの様子を聞く程度だった。
冷泉の足が一週間に一度から、一ヶ月、二ヶ月とだんだん遠のいていった。それでも来るたび言う、連れ出してくれるという台詞を信じて待ち続けた。もう一年近く来訪はない。いつしか時は三年という長さを刻もうとしていた。
「おいっ、準備はいいかっ、今日は三人だっ、最初は新顔だっ、山本、次は南部、最後は大西。いいかっ、覚えたかっ」
「山本さん、南部さん、大西さんね、わかったわっ」
(今日も兵藤さんは来ないのね)
しかし、がっかりしたそぶりなど微塵も見せずメモにとった。
「おうっ、特に新顔はしっかり接待して次も指名してもらうんだぞっ、組関係の奴らしいがな」
「わかってるわっ」
自分に与えられた部屋で最初の客を待った。
ガチャ
部屋の扉が開いた。
「ようこそいらっしゃいました、山本さま。どうかゆっくり楽しんでいってくださいね。わたしは成美といいます」
「あぁ、よろしくたのむよ」
「何かお飲みになりますか?、それともお風呂になさいます?」
上着を預かりながら山本に聞く。
「じゃあ、お茶をもらおうかな」
「あらっ、お酒じゃなくていいのね。温かいお茶でいいかしら?」
「あぁ」
「お湯を沸かすから少しお待ちくださいね。楽になさって。お着物も脱ぎましょう」
ベルトに手をかけると、手を掴まれ止められた。びっくりした成美は怯えたように見上げた。
「いやっ、ごめんっ。今日はそうゆうことをしにきたんじゃないんだ、成美さん」
「えっ、でっ、でもっ」
「服は着たままでいいんだ。僕も君も。話をさせて欲しいんだっ、たのむっ」
山本の真剣な眼差しと口調で何も言えず、お茶だけはと淹れる成美だった。
「まず僕のことを話そう。僕は新宿でちょっとした居酒屋をやっている。そのみかじめ料を瀬戸組に払っていることで、ここの親分さんに口を利いてもらって今日ここにいる。ここは一見さんはダメだからね」
「はい、そうですね。それで私に何か?」
「僕は君のお父さんやお母さんについて、多分君が知らないことを知っている」
「えっ?」
「お母さんがすでに亡くなっていることを知っているかい?」
「なっ、何をバカなっ、そんなわけないじゃない」
「やはり知らないんだね、お父さんのことは?」
「ちっ、父は多分病院で・・・」
「そう、確かに入院されていたよ、警察病院に」
「警察?」
「ああ、シャブ中毒でね。しかし、残念ながら去年お亡くなりに・・・」
「うそっ、何を言っているの?信じないわよっ、そんなことっ」
「そりゃそうだろう、ここにいたら外のことは何も分からないだろうから。でもね、今僕が言ったことは事実なんだ」
「うそよっ、うそ、うそ、うそっ」
「どうしたら信じてくれるかい?」
「どうしたって信じないわよっ、今日初めて会ったあなたの何を信じろというの?それに間もなく私の年季は終わるから自分で確かめるわっ」
「そうかっ、じゃあそうするといい。ただ年季の期限は額面どおりとらないほうがいい。おそらく何やかんやと言われて自由にはならない」
「そっ、そんなっ、約束は約束よっ、お金だってずいぶん稼いでいると思っているわっ」
「だからこそ、逃がしたくないんじゃないかっ、まあ交渉してみるといい。今日の僕の用事はそれだけだ。あとは信用してもらわないことには始まらない」
お茶だけ飲んで帰ろうとする山本だったが、成美に呼び止められた。なんとなく悪い男には見えなかったからだ。
「ねぇ、遊んでいかないの?」
「ああ、用は済んだから」
「こんなに早く終わったら怪しまれるわっ、それにお風呂くらい入っていかないと匂いでなにもしなかったのが分かっちゃうわよ、それじゃあまずいんじゃない?」
「う〜ん、それはそうかもしれないなっ、じゃあ風呂だけ入ろうか」
自分でさっさと脱いでシャワーを浴びようとした山本の後ろから石鹸をつけてタオルで洗う。