恥辱の先に2人はどこへ向かうのか-2
沼口からの支配は、これで終わったわけではない。高校生になってからも続くだろうと思うと、暗澹たる気持ちになる。それに加えて、親友に取り返しのつかないことをしてしまった痛恨が重なり、ただ虚ろだった。
ギャラリー・ユピテルからの帰路、恵理子はどこへ向かったらいいのかあてどないまま、ただ後悔と自責に苛まれつつさまよい歩いていた。
ごめんね、許して、ゆかりちゃん……。私のせいで……。
昨日、彼女を見送るゆかりが最後に見せた笑顔。それがどれほど無残に破壊されたのか。沼口に犯されたゆかりが、今頃どれほど深く傷を負っているかと思うと、ただやりきれない。
たった一日で、今まで彼女が負わされてきた辱めを優に超える恥辱を負わされたのは間違いない。まだ一度だって性交を求められたことのない恵理子と違って、肉体を蹂躙されてしまったのだ。その傷は、もう一生癒えることはないかもしれない。
それがひとえに自分のせいだと思うと、絶望的な気分になる。
自分をただ責め苛まずにはおれなかった。
私は親友を悪魔に売った裏切り者。最低最悪の女。
脅され、騙されたとはいえ、無二の親友に最悪の仕打ちをしてしまった。
沼口が最初からゆかりを犯すつもりだとわかっていたら、恵理子は自分が犠牲になってでも、全力で彼女を守ろうとしたかもしれない。自爆も覚悟で沼口を告発することすら考えただろう。
第一、事をゆかりに話すことだってなかったはずだ。せめてゆかりが行くと言った時、彼女を全力で止めていればよかったのだ。ギャラリー・ユピテルの場所を言わないでおくだけでもよかった。そう思うと、悔やんでも悔やみきれなかった。
卒業式の日、何の気もなしにアルバムと、ゆかりと一緒に写ったスマホの写真を沼口に見せさえしなければ、こんなことにはならなかったのに。この結末を予想できなかった自分の軽率さも呪った。
もはや彼女に合わせる顔もない。謝って許してもらえるようなことではないだろう。もう私に親友の資格なんてない……。そんな思いに駆られもする。
でも、もう顔も見たくないと言われようとも、ちゃんとゆかりちゃんには、会いに行かないといけない。それだけは強く感じていた。このままにしておいてはいけない、と。
ただ今頃、彼女はどんな思いでその傷を受け止めていることだろうか思うと、これからお見舞いに行くことも、そのための連絡を入れる勇気も、なかなか出せなかった。
ごめんね……そんな簡単なメッセージすら、怖さと罪悪感で送るのは躊躇われた。
道沿いにある小さな公園のベンチに腰を下ろして、恵理子はただ途方に暮れていた。何度かスマホに手をかけたが、「ごめんね」と入力しては破棄する、の繰り返しだった。
それで、どれだけの時間が過ぎただろうか。
そんな折に、着信が入った。「松谷ゆかり」の名が、彼女の笑顔の画像とともに画面に現れる。恵理子は矢も楯もたまらず電話に出た。何を言われようとも、出ずにはいられなかった。
「もしもし、ゆかりちゃん?」
轟々たる非難を、罵声を浴びせられたって仕方がないと覚悟していた。ゆかりの声が聞こえるまで、息が詰まりそうだった
「恵理子……」
聞こえたのは、激しい非難の声ではなかった。震え、泣きすがるような弱々しい声だった。その悲痛な様子は、電話越しでもひしひしと伝わってくる。
「お願い、今うちに来て。お願い……」
ゆかりちゃんは、あんな目に遭わせた私に、助けを求めている。まだ友情を捨てずにいてくれている。それがわかっただけでも、彼女には救いだった。
「うん、わかった。待っててね」
これからどんなことになろうと、友の思いに応えなければならない。その一心で、ゆかりの家へと駆け出した。はやる気持ちのままに、途中でタクシーを拾った。彼女にとって自分ひとりでタクシーを使ったのはこれが生まれて初めてだ。5分としないうちに、ゆかりの住むマンションの前に着く。
そこはオートロック式だ。1階のインターホンで、ゆかりの家の番号を押す。
「恵理子ね、家にはあたし一人だから、そのまま来て。鍵は開いてるから……」
インターホンに出る声も、ゆかりはいつもの元気さが感じられない。ドアを通った恵理子は、いよいよ気に病みつつもエレベーターに入る。もっとエレベーターにスピードを出してほしいという気がするほど、気は焦った。階段を駆け上がったほうが良かったのかと思いもする。
そしてゆかりとその家族の住む部屋のある7階に到着すると、開いたドアを出て急ぐ。
707号室だ。鍵のかかっていないドアを開けると、ゆかりは玄関では出迎えなかったが、何度も遊びに来ているから、彼女の部屋の場所はわかっている。LDKを抜けた奥の、右側だ。
飛び込むように部屋に入ると、そこには、昨日の悪夢からいまだ覚めやらず、虚ろな表情でベッドに座るゆかりの姿があった。恵理子の姿を見るなり、駆け寄ってその胸に泣き崩れた。