葛藤-2
「なんか卒業式の翌日にすぐ会うなんて、拍子抜けしちゃうなあ」
待ち合わせた場所に先に来ていた恵理子に、ゆかりは明るく声をかける。だがいつになく深刻な表情の彼女を見て、ただ遊ぼうとかいう話ではないとすぐに見てとった。
そして2人で入ったのは近くの駅前のファストフード店。今までも2人で、また別の友達も交えて、たびたび利用してきた店だ。卒業したばかりの恵理子たちには春休みでも、他学年の学生にとっては平日ということもあり、利用客もまばらだ。飲み物だけを注文すると、恵理子は人に会話を聞かれないように店の中でも他の客から特に距離がある隅の席まで誘導して、ゆかりと向かい合って座った。
「あのね、ゆかりちゃん、私……」
最初の一言を切り出すまで、しばらく逡巡した。けれども恵理子は勇気を振り絞って、今まで起こったことのすべてを、他の客には聞こえないように小さな声で、ゆかりに話した。沼口からは誰にも言うなと厳命されていたが、もはやこうするより他に思いつかなかった。親にも言えなかったことを、今はじめて他者に打ち明けたのだ。
いくら親友とはいえ、あんなことを話すのは恥ずかしくてたまらない。もしゆかりちゃんが分かってくれなかったらどうしよう……もし笑われたら、馬鹿にされたら……話しながら、気に病んでいた。
でもゆかりは、優しく聴きとめてくれた。そして心からの同情を示してくれた。
「そう……恵理子がそんな酷い目に遭ってきたなんて、知らなかったわ。可哀そうに」
ゆかりの友情に、恵理子は涙が止まらなかった。
「今までどうして話してくれなかったの……なんて、言えないよね。そんなつらいこと、簡単に話せるわけないもん」
泣き崩れる恵理子を、ゆかりは隣の席まで移って胸に抱きとめる。そのまま恵理子は、沼口からゆかりを連れて来いと脅されていることまで話した。
「私の責任なの。私がうっかり、ゆかりちゃんの写真も見せちゃったからこんなことになったの。だから……」
「そんなの、その沼口って男のやってきたことの酷さに比べたら、責任も何もないじゃないの」
ゆかりは決して恵理子のことを責めなかった。
それでも恵理子は行かなくたっていい、私を見捨ててもいい。ただこんなにも追い詰められてるって、聞いて欲しかっただけ、とも念を押した。もし行かなくても、沼口が手を伸ばしてくる可能性はあるからくれぐれも気を付けてね、とも、だから話した、とも。
けれどもゆかりは決然と言った。
「わかった、あたしがその沼口って男のところへ行くよ。それで話をつける。恵理子のことをこれ以上苦しめないでって」
「行っちゃダメ。きっとゆかりちゃんまで酷い目に遭うよ」
恵理子は止めようとした。
「話がつかなくても、あたしが行って恥ずかしい目を一日だけ我慢すれば、恵理子は助かるんでしょ。恵理子が今までされてきたことに比べれば、それぐらい何とかなる。親友のためだもん」
ゆかりは笑顔で返した。恵理子はそれでも繰り返し止めようとしたが、彼女の決意は翻らなかった。
「じゃあ土曜日、あたしを沼口のところまで案内して」
こんなふうに決めたら、ゆかりは止めても聞かないような子であることは、長らく親しくしてきた恵理子にはよくわかる。