敷かれるレール-1
あれでずいぶん満足したのか、沼口からの呼び出しはしばらくかからなかった。何度か除毛の様子の写真をスマホで送らされることがあった程度だ。何度やっても恥ずかしさは消えないが、それでも呼び出されるよりはまだましだった。
久々に呼び出されたのは、秋風がすっかり涼しくなった10月に入ってからだった。このときは沼口がどこで手に入れたのかは知らないが、他の学校の制服をいくつも着させられた。恵理子が知っている学校のもののあり、中学ではなく高校のものもあった。
その一つは、水色のスカーフのセーラー服だった。恵理子が普段着ている瀬山中のブレザーの制服と比べても、ウェストのところで上下がはっきり分かれているため、彼女の華奢なからだの線はいっそう際立って見える。
その姿のままの恵理子を見て、沼口は言い渡す。
「君は、その黎星女学院に行ってもらう」
ずっと沼口の言いなりにさせられてきたとはいえ、進学先にまで口を挟まれて、恵理子は戸惑った。
「どうして……ですか?」
黎星女学院は偏差値も進学実績も高い名門女子高だから、恵理子のような優等生が志望しても不自然には思われないだろう。とはいえ堅苦しい校風のことはよく聞いていたから、彼女は通いたい気にはなれなかった。それまで、受験校の一つとしても考えていなかった。
「わからないのか。その可愛い制服を3年間着てほしいんだよ」
恵理子はそれまで、制服で高校選びを考えたことなどなかった。同級生にはどこの高校の制服が可愛いかなどと話題にする子たちもいた。黎星の制服が特に評判なのも聞いたことがある。でも一生を左右する問題だから、真面目な彼女にとってはそんな薄っぺらな理由で進路を決めるなどありえない発想だった。
「私は、南城高校に行きたいんです」
南城高は、恵理子が前々から目指していた学校だった。優等生の彼女に相応しい進学校で、授業も充実しているのはもちろんだが、1年生の時に文化祭を見に行って以来、その自由闊達な校風に憧れるようになった。同校は名門の美術部があるのも魅力だった。顧問の美術の先生は画家としても有名で、いろいろ教わりたかったのだ。
両親にも教師にももう言っているし、みんな賛成してくれていた。親友で成績も彼女に劣らない松谷ゆかりも志望していて、一緒に合格して通おうね、と前から話していた。
「南城? ダメだよ、あんなダサい制服を着ちゃ。君みたいな美少女が行く学校じゃない」
沼口にはきっぱりと否定された。
「行く高校ぐらい、自分で決めさせてくれないんですか?」
「君には拒否権は無いことを忘れたのかな」
抗議も、まったく聞き入れてくれない。
「あの、制服というなら、たまにコスプレで黎星のを着る……というのではいけませんか?」
「ダメに決まってる。君は3年間ちゃんとその制服を着て通う女子高生であってほしいんだよ」
恵理子は懸命に考えた妥協案を出してみたが、一顧だにされない。
「だいたい、共学校に行くなんて許さないよ。高校生になってまた綺麗になる君に、よからぬ男が寄ってきそうじゃないか」
まるで娘を案ずる厳格で過保護な父親のようなことを沼口は言う。もっとも彼女自身の父はそんな堅苦しいことは言わない。第一、よからぬ男ってそう言うご本人ではないか。
言われた通り受験だけはして、白紙答案を出してわざと落ちようとも考えたが、そんな考えも頭の中でまとまらないうちに、沼口は告げる。
「絶対に受かれよ。もし落ちたらどうなるかわかってるな。君は終わるよ」
すでに考えは沼口に読まれていたような気がして、あらためて慄然となった。