キミの裸を描くこと-4
こうして、3枚の絵が完成した。「ヴィーナスの誕生」「泉」「ユピテルとカリスト」のオマージュ、あるいはパロディ。それで沼口も十分に満足したようだった。
「いやいや、よく描けてるよ」
恵理子を裸婦として描いた3枚を並べて、感心する。
ただ解放されたいがためとはいえ、沼口が満足するように懸命に描いたおかげか、少なくとも仮に彼女の家族や友達が見れば、モデルが誰であるかは歴然とわかるぐらいの出来になっていた。しかも原画とは違って、どれもあからさまに性器までも描かれている―描かされているのだ。
「このギャラリーに、展示しちゃおうかな」
「それだけはやめてください!」
恵理子からすれば、完成したっきり、自分の作品であっても二度と自分でも見たくないぐらいだ。
「あははは、誰にも見せたりしないよ。俺だけのために描いてくれたんだからね。あ、これは制作料。1枚あたり10万円だ」
芸術家に対するパトロンみたいなことを言って、沼口は封筒を出した。分厚い。あわせて30万円。まだ普通の意味でのアルバイトはできない中学生なのに、これはアルバイトと言っていいのだろうか。また、使えそうもないお金が増えてしまった。
夏休みの間、恵理子はもちろん学校の美術部でも活動していたから、彼女にとってはある意味では絵三昧の夏だった。
沼口に強いられたあの経験は、恵理子の画力を確実に向上させた。
秋の文化祭で出展した彼女の美術部で描いた絵は上手という評判でもちきりだった。そして中学生活最後のコンクールでも、彼女の作品は県での入賞を果たした。
「長橋さん、ほんとにまた上手くなったのね」
顧問の美術教師・上阪先生も褒めてくれた。家族も親友のゆかりも、他の部員たちも入賞を喜んでくれた。けれどもある意味で沼口のおかげかと思うと、心から喜ぶには複雑だった。また変なことを言われそうだから、この入賞のことは沼口には話していない。
高校受験を控え、恵理子の中学校での美術部の活動は、こうして幕を下ろしたのだった。