キミの裸を描くこと-3
そして3枚目は、フランソワ・ブーシェの「ユピテルとカリスト」だった。先の二作ほどの知名度はないが、沼口は特にお気に入りらしい。もしかして、このギャラリーの名前もそこからとったのだろうか。
ギリシア神話で、いちばん偉い神様のユピテル、つまりゼウスが美しいニンフ(妖精)のカリストを好きになって、彼女が慕う女神アルテミスに化けて誘惑するシーンを描いた絵だ。
恵理子は以前に星座の本で、その神話は読んだことがある。熊に変えられて、最後まで元に戻してもらえなかったカリストが可哀相すぎる……と泣いてしまったのも覚えている。
このモチーフにはブーシェが描いた何枚ものバージョンがあるといい、そのなかでもカリストが裸になっている絵を選んで、その姿での恵理子自身を描くように言われた。
沼口はよほどこの絵が好きなのか、彼女に対して得々と講釈を聞かせた。元の神話は恵理子が子ども向けの本で知っていた内容よりもさらに可哀相な物語だった。ゼウスもアルテミスもヘラもひどすぎる。彼女がここで描いているカリストのことがある意味で、自分の境遇と重なる気までする。沼口はこのギャラリーの名前通り、卑劣なやりかたでカリストを騙したユピテル、つまりゼウスそのものにも思えた。まだ犯されるまではいっていないだけ、ましといっていいのかどうかはわからない。
絵ではゼウスは女神アルテミスに化けているから、見た目は女性ふたりが絡んで戯れているように見える。絵的にはいわゆる百合そのもので、その嗜好の人たちにも人気があり、沼口自身がそういう趣向に萌えるような男でもあることは、このときの恵理子は知らなかった。
「こっちは、この子の顔に似せて描いてね」
ゼウスの化けた偽のアルテミスについては、沼口はモデルとして、ひとりの全裸の少女の写真を示した。
恵理子にとっては全く知らない女の子だった。ただ、やはりかなりの美人だ。顔立ちやからだつきからして彼女より年上のようにも見え、高校生なのかもしれない。
今までもなんとなく話には聞かされていたが、沼口の手に落ちた少女は彼女の他にもいることがこの一枚ではっきりわかった。過去の犠牲者なのか、それとも恵理子と並行して、今も被害に遭っているただ中なのかはわからない。沼口の好みに合わせてか、やはり恥部は無毛にされている。
「ひどい……」
会ったこともないが、この少女への同情心がこみあげてくる。
沼口は原画では露出していない、乳房までこの少女をモデルに描くよう求めてきた。それに従うことは、さらなる辱めに加担しているような気がして、罪悪感も覚えた。それを強要する沼口の酷さに憤りを覚えつつも、それをぶつける術もない。
そのためか恵理子は写真のこの女の子のことについて、名前とかその他、ことさらに沼口に訊いてみようという気にはならなかった。
「ごめんなさい……」
描きながらも、内心でモデルとなったその少女に謝りたい思いだった。
恵理子自身をモデルとしたカリストの方も、原画と違って乳房を弄ばれているように描かされたうえ、やはり性器の形まで描き込むことを求められた。自身の恥ずかしい姿と、原画以上に辱められるようなカリストへの同情心も入り混じって、いよいよ陰鬱な思いに見舞われつつ、彼女は筆を進めていった。