遠い日の記憶-3
「ぁ…、あぁ…」
人は、何か大変なことが起こったときにこそ、何も言えない生き物なのだ。
それを今、身をもって実感している。
「あぁぁ…、ぅう…」
焼け爛れた左目が熱い。
左腕は、どうやらもう俺の身体には付いていないみたいだ。
『手を上げろ!』
声。
訳のわからない言葉を早口で話す声。
『手を上げろ!聞こえないのか!?』
声のした方をちらと見る。
誰のものかもわからない、大量の血を含んだ淡い色の迷彩柄。
銃口が、真っ直ぐ俺を狙っている。
こういうときは、手を上げるのだったろうか。
『おい!早くしないと撃つぞ!』
敵が、銃を持つ手に力を入れた。
死ぬのか?俺。
それでも、いいか。
どうせ俺は人殺しだ。
国のためとか、愛する者のためとか、そんなのは国のエゴ。
俺たちは、単なる捨て駒に過ぎないのだ。
ゆっくりと、目を閉じる。
出来るなら、苦しまずに逝きたい…。
ズキュゥーンッズキュゥーンッ…
…もう、死んだのか?
撃たれた感覚がまるでない。
「おぉい!大丈夫か!?」
聴き慣れた言葉。
「生き残りは一人だ!かなり負傷している!!衛生兵、手当てしてやれ!」
仲間が来たのか?
俺は、助かったのか?
「大丈夫ですか?あなたは、どこの部隊の方でしょうか?」
腕に十字架の腕章を付けた二・三人の兵士の一人が俺に問いかける。
俺は…
「…第三部隊…、朝霧だ…」
「おじいちゃん?おじいちゃん?」
軽く身体を揺さぶられ、私は目を覚ました。
「どうしたの?泣いてるよ?どっか痛いの?」
「大丈夫…、どこも痛くないよ…。」
「本当に?本当に大丈夫?」
「あぁ…、ありがとう、由布子…。」
争いは終わった。
が、今もどこかで、誰かが誰かと争い、殺しあっている。
そして、誰かが誰かを想い、泣いている。
後世に、あんなことは起こってほしくない。
あんな思いはしてほしくない。